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合唱のこと、英語のこと、本のこと、友達のこと、仕事のこと・・・とりあえず、ダラダラ続ける日記です。

カテゴリー「family」の記事一覧
●振り返ってみたら、

病気関係に関して、
2017/11/05以来書いていませんでした。

うちの相方は、
抗がん剤治療コース全6回の
最後の治療を終え、
確認のための全身MRIを撮り、
画像評価を昨日2018/02/7に終えました。

MRI画像、
ビックリするくらい
きれいなものでした。
抗がん剤って、スゴいもの
なんだ……と、改めて認識しました。

悪性リンパ腫なので、
最初の頃の画像では、
全身に張り巡らされている
リンパのあちこちに、
不穏な影があったのですが、
見事に影が消失しています。

画像を見た瞬間、
ほ~~~っと
身体中の力が抜けました。

それほど緊張してない
つもりだったんですが、
大分肩に力が入って
いたんでしょうね。

お見舞い下さった方々、
励まして下さった方々、

おかげさまで
何とか乗り切れました。

5年生存率は50-50の確率と
言われているので、
今後も油断は出来ませんが、
まだまだ書きたいものを
たくさん抱えているので、
しばらくの猶予が与えられた
ことに感謝しつつ、
頑張っていきたい、とのことです。

●5年生存率フィフティ・フィフティの話

50%の人は、何てことなく
治ってしまうけれど、
残りの50%の人は、再発する
というお話です。治療開始前
にもそういうお話がありましたが、
うまくこの病気から逃げ果せる
確率は全体の1/2ということ。

生活習慣などを見直して、
しっかり逃げ果せるように
したいものです。

2人のうち1人はガンになる、
と言われている時代です。

これ、降水確率なら50%の
イメージですよね。

降水確率50%で傘を
持たずに出掛ける人は
少ないでしょう?
 ↑
と、先日ゆうちょの人から
聞きました。ガン保険の説明会
で、そういうお話を聞いたとか。
ナルホド、確かに降水確率で
言われると、ナットクする。

最初から50%のリスクがある
ことが分かっているのだから、
ちゃんとこれからは「傘」と
いうべきもの---万一のための
備えとして、日々の生活を見直して、リスクマネジメントを
怠りなくする---を
用意していかないとネ。

●治療中、驚いたこと

ガンに限らないかもしれませんが、近年爆発的な勢いで進化している先進医療は、ホント、有り難いもので、おかげさまで相方も
命を拾ったのだと思いますが。

ともかく、いろいろ
お金が飛んでいきます。

うちの場合は、65歳以上は
放射線治療を受けちゃダメ、
という年代のため、
放射線なし。
リンパ腫なので、ターゲットは
全身に広がっており、
最近話題の陽子線治療の
ようなピンポイント攻撃も不可。

で、化学療法のみで、全部で
6回の点滴治療でした。

抗がん剤と言えば副作用、
副作用と言えば抗がん剤、

というイメージ通りに、
さまざまな副作用が
襲いかかり、まあ、いろいろ
大変だったのですが、

薬剤によって、
白血球が激減したり、
血糖値が上がったり、
というのもあり、
これらを調整するために、
また別の薬を使うわけで。

ビックリしたのは、
これらの薬が、みな、とんでもなくお高いこと。

点滴治療の数日後、
白血球を増やす注射を
打たれるのが通例だったのですが、

ちょいとチクっとするだけの、
何てことない注射1本が、
十割負担だと、
¥100,000を超えるのです!

3割負担で、¥32,000くらい!

請求書見て、ガクゼン
としちゃいました。

1打ち、¥100,000×6回で、
それだけで¥600,000!!
(゚o゚;
家族で大騒ぎ。

ナルホド、ガン治療は
お金がかかる!

うちの場合は、父も
前立腺ガンだったので、
家族には以前から厚く
ガン保険をかけており、

それに加えて国民健康保険から
「限度額適用認定証」*という
のを出してもらったので、
何とかセーフでした!!

※限度額適用認定証は、
どなたでも申請可能です。
所得に応じて、1ヶ月にかかる
医療費の上限が決められており、
それを超える分は、国が払って
くれる、というありがたい代物。
ただし、高額所得者になれば
なるほど、上限が上がって
しまうのが難かな。

●治療中、嬉しかったこと

お見舞いいただいたり、
これなら食べられるのでは?
と差し入れをしていただいたのが、

励みにもなり、喜びとも
なったのですが、

同じ病気で、
隣同士のお部屋で
闘病していた同世代の方と
仲良くなったこと、は
特記しておきたいですね。

今回の治療は、前半3回は
入院中、後半3回は通院で、
という体制でしたが、
このお隣の方も同じスケジュールをこなしておられたので、
通院時も、待合室で
ああだこうだ、といろいろ
おしゃべり。

共に闘っている人がいる、
というのが心強く思えました。

あちらもご主人が患者さん、
奥様が介護という体制でしたので、4人でいつもおしゃべり
でした。他愛ないものかも
しれませんが、その他愛ない
日常性が嬉しかったですね。

また、主治医の先生と
すごくお話が合い、毎回の
診察で、「今日はこの話を
しよう」と、先生の顔を
見るのを楽しみにしていたようです。

薬草に興味がおありという
ことで、「家康が印籠に
入れていたという秘伝の
薬は何だったのか?」なんて
話で盛り上がっていました。

話したい人、その人の顔を
見たいと思う人が主治医に
なってくれたというのも、
実は得難い僥倖だったのでは
ないか、と思います。

何だかんだ言って、
そういうちょっとした
会話や、笑顔や、
小さな心遣いが、
病に打ち勝とうとする人間に、
毎日少しずつ笑顔の贈り物を
してくれるのでしょう。

降水確率50%とおんなじようなもので、ガンになったからって、
隠す必要はないですよね。

そもそも、ガン細胞というのは、
毎日出来ているんだそうです。

要は細胞のエラーです。
これだけ膨大な量の細胞で
出来ている身体なので、
エラーは起こって当たり前かも。

起こったエラーを修復したり、
エラー細胞を撃退しきれなく
なると、病気に進展しちゃう
わけで、誰でもなって
実は当たり前らしいです。

当たり前に笑って、
当たり前におしゃべりして、
そんな中でこれからも
自分たちに出来ることを
探していきたいと思います。



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●1回目に続き2回目クリアー。

お騒がせしております
相方の治療ですが、

つい先日2コース目を
終了し、まあまあ血液検査の
結果も良くなってきたので、

台風明けの10月30日(月)、
一旦退院し、
ただ今自宅生活を満喫して
いるところでございます。

次回入院は、11月7日(火)で、
入院すると、3コース目の
治療開始、と相成ります。

※全部で6コースをクリアー
しないといけないので、
まだまだある……んですが、
見方を変えれば、もう1/3
終わってるワケですから、
よし、もう一頑張り、と
ガッツポーズして頑張って
もらおう、と思うワケで
あります。

●①と②でビミョーに副作用が違う。

相方に聞いてみたところ、

1回目治療の際の副作用は、
まず胃痛と吐き気の波状攻撃。

臭覚過敏のため、
普段気にならない
病院パジャマの消毒薬のニオイとかで、すぐに吐き気を催して
いたそうなので、ましてや
食べ物をや。
 ↑
 かなりつわりに似ているなー。

白血球とか激減する時期が
あるために、大事をとって
ともかく何でも
殺菌、殺菌!
なもので、そこら中消毒薬の
ニオイが充満している
特別室にいた、というのも
臭覚過敏にはツラい!

まず、ナマモノは禁止デス。
家でも、この規定に
則ってやっていますが、

●刺身とか、まずダメ。
●どころか、生野菜もダメ。
 当然サラダ系のメニューは
 加熱調理出来る野菜に
 限られる。
●どころか、大根おろしでも
 加熱処理が必要!

病院食では、どうも
すりおろしたモノを
一度蒸したりする………みたいな
調理になってるようで、
なんか、蒸されたりチンされたりしている大根おろしをイメージ
するだけで、萎えそう………。

●可哀想だったのは、
食欲が出てきて、
「新米に生卵かけて、
ガツガツ食いたいっ!」と
野望を抱いたというのに、

「あ、それ、卵がナマモノ
だから、駄目だぁ。却下ですー」

と言わざるを得なかった時。

気の毒。

卵かけご飯、美味しいもんねぇ。

仕方がないので、治療コンプリート後に再挑戦してもらうしかない。

さらに、果物もほぼダメ。
病院食では、缶詰の
モノが毎食ついている感じ。

ナマモノの果物で
食べてよし!

とされるのは、
ミカンとバナナのみ。
剥いてすぐ食べる、
という食べ方が出来る
からだそーです。

気持ち悪くて食べられない上に、
美味しそうで、「食べたい!」
と思えるよーなブツに
なかなか出会えない。

「あれが食べたい!」に
なっても、ナマモノルールに
引っかかって食べられない。

家族と一緒に、好きなモノを
ワイワイ言いながら食べてる
家庭の食事とは大分違う。

臭覚過敏で味覚ボロボロで、
何を食べたら美味しく
食べられるのか分からない。
少し刺激が強いと、
すぐ胃が差し込んでしまう
時もあり、家でも、おっかない
ので、炒め物とか、今回は
ほとんどしていません。

治療のため、とは
分かっていても、
だんだんイライラがつのって
しまったようでした。

さらに微熱、便秘、手足の
しびれ等、細々といろいろ
出ましたね。

退院で自宅に戻った
日に観察したところでは、

臭覚過敏と味覚ボロボロは、
1日毎に収まってきている
感もありましたが、

1回目コースではそれほど
出なかった口内炎が
口の中のアチコチに出来ている。
真っ赤に腫れ上がって、
そりゃあもう、痛々しい。

固形物を食べる
のがつらかったみたいデス。

●とは言え、何やら1日毎に
症状は変わっていくよーです。

帰宅した初日は、
舌の脇に腫れ上がった
口内炎があり、
食べたり、話したり
するのが大分大変そうでした。

固形物を飲み込む
のが大変だ、と言うので、
好物の大根やかぶを
よく煮込んで、トロトロの
ところを食べさせたり。

味付けは、ともかく鰹だしと
醤油ベースの、いわゆる
お袋の味っぽい味付け。

そーいう味が
大好きな人なんで、
今回、それ一本やり。

新規な味付けは、今の
時点では受け付けられない
だろう、という予想の下、

今日はこの程度は食べられるかな?

明日は少し濃いめのモノも
一品足してみるかな?

とか、スーパーで頭を
ひねりながら、推理したり
分析したり。

けどまあ、ありきたりな
メニューに落ち着いたり
してますがねσ(^_^;
 ↑
 ヒジョーにありがち。

で。

帰宅後4日目くらいから、
口内炎の症状が次第に
収まってきたもんだから、

今まで食べられなかった分を
取り返すべく(?)、
冷蔵庫やお菓子入れを
コソコソ物色しているらしいデス。
 ↑
 密告者(娘)によると、
 私が久しぶりの磐田練習で
 出掛けている間に(まさに
 鬼の居ぬ間!)、あれも
 コレも、と手を出していた
 そうな。おなか痛くなるぞぉ!

本人談によると、
まだ味覚がカンペキに
戻ったわけではない……らしい
んですが、

食欲の方は、
かなりの上りっ調子!
減った体重も、
すぐにリバウンドするのか!?
 ↑
血糖値、ヤバいんじゃないのか?!
(゚o゚;(゚o゚;(゚o゚;
と、こちらはビクビクして
るんですがぁ、やっぱり
美味しい顔をしてると、
なごむんだよなぁ。

なんか、自宅暮らしで
食欲も復活し、
精神的にもいい感じ~♪
………なんですが、

再入院した瞬間に、
血糖値が上がっていて
先生に怒られそうな
気が、ヒシヒシと、する………。

先生、すみません(-_-;)

とりあえず今は、旺盛な食欲が、精神的充足感を
かなり支えているらしい。
で、美味しく食べられると、
夜も気持ち良く寝られるらしい。
で、そうなると、何やら
楽しげに資料を読んだり
し始めるワケで。

やはり人間は、
糸井重里さんのコピーじゃないが、
「食う寝る遊ぶ」………で充足感を
得るものなのかも
しれないなー。

とりあえず、今週の
QOLはよろしいんじゃ
ないでしょうか。




●先日はたくさんのお見舞いを
ありがとうございました。

FB上、あるいは個々に
メッセージその他でお言葉をいただき、

うんとこせ、励まされました!

本当にありがとうございます。

特に驚いたのは、 
実は励ましてくださった
ご当人の方が、ずっとずっと
大変な状況なのでは?! 
という場合が多かった事。
それでもなおかつ、激励して
くださっていること。

こりゃあ、泣き言なんか、
言ってる場合じゃないよなー……と、家族一堂感じ入っている
次第であります。

ご自身が苦しみを経験された
からこそ、あるいは今、この
瞬間に苦しみを体験されつつ
あるからこそ、他の者へ
より深い、より強いエールを
送ってくださっているんじゃ
ないかなぁ………と、思います。

1人孤独に耐え、歯を
食いしばって何事もこらえて
生きていこう、と雄々しく
立ち向かっていらっしゃる方も
たくさんおられるか、と思います。

けれど、疲れた時や、
つらい時は、
「たすけてください」と
言っていいんじゃないか?
と、私は思います。

何をしてもらう、という
のでもないかもしれませんが、
ちょこっとグチを聞いて
もらうだけで、肩の重荷が
半減しますよ~。

とりあえず、うちの家族は
大して精神力も強くないので、
泣き言も、ドシドシ言って
たすけてもらっちゃおうかな~………っと。(^_^)ノ

スイマセン、グチられる皆様、
ごめんなさい~!
時々聞いてやってくれると、
踏ん張れますんで、
そこんとこ、よろしく!

●第1回目の抗がん剤治療を
受け、その後、どういう
副作用がどの程度出るもの
なのか? という実際のところは?


……が、これ、実のところは、

個々に全く違う症状が
出てしまうので、とりあえず、
お医者さんサイドも、

「やってみないと、
てんで分からん!」

なんですよ、ぶっちゃけ。

1人1人のカラダって、
ここまで違うのかなぁ、と
改めて思いますが、
超データ不足の
状態で、ままよ、発進……と
始まってしまうんですよー。
(行き先をよく分かっていない
宇宙戦艦ヤマト………のイメージ!)

冊子には、かなり詳しく
ああいう症状、こういう症状が
この時期に出やすく、その場合には
こういうところを注意して
…………と書いてくれてあるのですが、(ある程度、傾向と対策は
ある!)

なかなか教科書通りに
ならないのが人間のカラダって
ヤツらしい。

ウチでも、体質がこうだから、
こういう症状が出るんじゃないか? と、予想を立ててみた
んですが、ほっとんど当たらない。

三半規管が弱いので吐き気が
一番強く出るか? と兄と
2人で心配してましたが、
吐き気もあるけど、それより
臭いと味に過敏になって
全く食べられなくなりました。
いつもはほとんどニオイを
気にする事はないんですけどね。

普段はかなりの頭痛持ちなので、
副作用で強く出たら
イヤだね、と思っていたら、
意外と頭痛は来なかったり!

こちらの予想を裏切る症状が
結構、来る、来る。

ピークの数日間は、ともかく
消耗度が激しく、かなり
精神的にもつらかったようです。

配膳係の方から相方が
聞いたところでは、

何にも食べられず、飲めず、
になってしまう患者さんは
多いそうで、

コーラだけ飲んでた人とか、
柿の種だけ食べてしのいで
いた人とか、いらしたそうです。

食べられないピークの時は、
食事のバランスがどうとか、
言っていられないので、
何でも食べられるモノを
食べてOKなんですが、
コーラだけとか、うーむ(/_;)

●てなわけで、とりあえず
治療進行中。

………で、ただ今、一時帰宅中。
で、体毛が
どんどん抜けているところ。

お坊さんの剃髪のように、
一気にキレイに剃り上げ……に
なるワケではなく、毎日少しずつ
抜けてきます。シャワーを浴び
ると、ごっそり抜けたりする
ので、

精神的に
ガックリくるし、
まばらに抜けるのが、
まるで皮膚病を
患っているよーな雰囲気。

帽子とかバンダナとか、
前もって用意すると
いいですよ、と言われて
ましたが、要は脱毛していく
過程が、見た目よろしくない、
という事らしいデス。
 ↑
当人、脱毛が始まって、
初めてナルホド納得に
なったそーで、急に
ニット帽とか欲しがっています。



↑ローソンで見つけた
黒いニット帽が、何気に
いい感じ。

毎日ちょろちょろ抜けるので、
枕カバーの上にも1枚手拭いを
敷きたい感じなもので、
うちにあった手拭いシリーズを
ちょろちょろアレンジ。









ほぼ、遊んでいます。

昨夜は、残り毛糸で
1つニット帽を作ってみました。
どーもスナフキンとか、
(色も形も違うんだけど)
ハリポタの組み分け帽子の
よーな雰囲気になった。
かぶせてみたら、てっぺんが
ちょっとネコさん帽だった。
カワイイからいいかー。
(と言いつつ、相方にかぶせて
みたり、自分でかぶったりして 遊んでいる。ありがち。)



●歌の方、サボり倒していたので、そろそろ焦っている。

今週末は、千代田区コーラスフェスティバル前日練習+本番。

相方はちょうど病院で
2回目の治療の時期。
白血球の数などが落ちやすい
頃です。入院している
方が体調管理しやすいので、
病院に預けて、私は東京行きデス。

が、今回てんで練習に
出られてないので、
13日(金)頃からあわててます。
 ↑
この日は、
11/11に決定したアリス草薙の
慰問コンサート向け第1回練習日。
調子良く全曲練習出来たので、
休み時間にH部さんに頼み込んで
千代田区用の2曲を練習。
「リフレイン」はO井さんも
前にやった、と一緒に歌ってくれ
たので、にゃるほど、こういう
盛り上がり方の曲なのね~(^^)vと
ナットク、ナットク。
 ↑
例によって2曲とも初見で
弾いてもらっちゃったんだけど、
どちらもステキ❤と
お気に召されていた~(^^)v
 ↑
実は「寂庵の祈り」を慰問で
やりたいなぁ、と思っていた
んだけど、テノールのIさんや
アルトのKちゃん、ソプラノの
Rかちゃんが出られない、との
お話だったので、ちゃんとした合唱曲は、今回は難しいかな、と
ガマンしたのでありました。
 ↑
で、とりあえず今、アタマの
中で「リフレイン」をエンドレス
「リフレイン」中。いい曲だよね~。

実は、磐田バッハの東京本番も、
2ヶ月切りまして。そろそろ
磐田詣でをちゃんとしないと、
アルトが歌えない………(T_T)

朝日ホールで、メサイア全曲で、
さらに磐田メンバーだけで、
その上初めてのアルト………な
もんで、気合い、入れてかないと!
 ↑
ソプラノでは何度もやってる
んですが、アルトはまだまだ。
8月の演奏会では、コトバが怪しいところが多数。でもまあ、
アルトでやれるというのも、
そうそうないパターンなので、
ガンバってみようかなぁ、と。
何せ磐田バッハが誇る名手
UさんやHさんを間近く聴ける
同一パート。この機会は、
逃したくない、と。

というワケで、
普通の事を普通にこなし、
普通に食べられる事の有り難さに
日々感謝しつつ、
普通に毎日練習して、
またガンバってみようかな~、と。(^_^)ノ





●ほぼ2ヶ月、自分のblogを
書いていません。

Facebookも、ほぼ、
たま~に読むだけ……の
状態が常態化している
昨今です。

●既にごく身近な方々には
お知らせ済みの話なのですが。

6月アタマ位から、
相方が首周りに違和感を
覚える、と言うので、
あちこち医者通いを始めました。
当初私は、軽く考えて
いたのですが、

前回blogをアップした
7月末辺りで、

どうやら悪性リンパ腫
であろう、という診断が
つき、ガクゼン。

結局家族で昔から
一番お世話になっている
S総合病院にお世話になる
事に決め、

9月11日から
入院し、ただいま鋭意
治療中であります。

抗がん剤の多剤併用治療
ですので、一時的に
赤血球や白血球などが
減ってしまい、菌を拾いやすく
なるため、準無菌室仕様の
個室に入院。
原則的にお見舞いは家族のみ。

同室の人に気兼ねする事なく、
仕事道具一式を持ち込む事が
出来、清潔第一のため、
大好きなシャワーも浴び放題
なもので、ある意味非常に
悠々自適。ほとんど自分の巣を
形成中………なのであります。

●現代のガン治療というのは

実際のところ、5年とか10年前の
イメージとはかなり
違うんじゃないのー?

という感じが最近すごーくしています。

いわゆる1人1人に
合わせたオーダーメイド医療
という流れなのかもしれませんが、

ともかく、ちょっと前の
ガンを宣告されたら、
もう人生、終わった………的な
イメージとは違うような
感じなんです。

もちろん、非常に治り
にくいモノも、まだまだ
あるようですが、

むしろ、多くの場合、ガンとは
「乗り越えられるべきもの」と
とらえられてきている……
ような気がします。

治療を終えたその後の
人生の中でも、再発防止を
含めて、
自分の生活をコントロール
し続けていくことで、
QOL(Quality of Life)を
積極的に上げていく事が
出来るわけで、

今や抗がん剤治療は、
人生を見直す契機となって
いるように思われるのです。

相方のおかげで
今回いろいろ調べたり
勉強させてもらっている
悪性リンパ腫は、

かのノーベル賞学者の
利根川進さんが研究の端緒を
付けられたもので、
ガン治療の中では、
大変進んでいるジャンルだそうで、

細かく分類すると、種類はなんと、
62種類だかに分けられるとか。

うちの相方のタイプは、
(この最終診断が出るまでに
組織培養とかでかなり時間が
かかり、ヤキモキしたのだが)
幸いにして、悪性リンパ腫全体の
1/3を占めるタイプのもので、

………ということは、
お医者さんたちの経験値も
高いワケで、

既に、このタイプには、
この方式の多剤併用でいく、
というスタイルが確立
されているんだそうです。

普通21日間を1クールとして
抗がん剤その他の薬を入れて
いきます。
6から8クールくらいを、半年間
くらいかけてやります。

21日間と言われて考えたのが、
女性にはちょっと気になる
肌のターンオーバー。
調べてみると、通常、
肌のターンオーバーは28日間くらい
なんで、抗がん剤治療の1クールとは
ちょっと違うのかもしれませんが、
細胞の新旧交替も無関係ではない
んじゃないかなぁ。その辺も、
合わせて治療計画を進めるもの
なのかもしれない……なんて、
素人考えですが。

ともあれ。

あまり症例がない特殊な
タイプで、どの治療をどうやるのか? 
みたいな迷いがある
モノよりは、
対処の仕方が分かっている
タイプだというので、
本人も家族も、ともかく
精神的に楽になりました。

診断がつくまでの間は、
ガンかもしれない……けど、
ひょっとしたら、マチガイかも、
いや、やっぱりそうかもしれない
………と、本人もだいぶ悶々と
していたようですが、

診断がついて、
「ともかく、立ち向かうっきゃ
ない!」
と、ある意味追い込まれてから
の方が、本人も家族も、
腹をくくることが出来た、
という感じ。

驚くべき事に、
本人、ケッコー図太い精神力が
あるらしく、
「どうせなら、闘病記を
一本書ける位の気持ちで
入院しようかな~」
とか言って、毎日せっせと
細かい日記をメール作成
画面で書き、写真もさまざま
撮って添付して、
家にメール送信してきます。
(で、それを夜中に
Evernoteとかに貼って
保存をする日々………)
 ↑
ヤハリ、物書きサンというのは、
どう転んでも、「書きたい!」
ものらしい。

そうそう、家族でグループメールの出来るLINEを愛用しているのですが、今回これも大活躍中。

ちょっとしたことでも、すぐに
連絡し合えるというのが、お互い
に支えになっているような気がします。

●副作用とか。

さて……。

副作用で有名な抗がん剤治療
ですが、長年の研究のおかげさまで、副作用を抑えるための
お薬とか注射とか、
こまごまあります。
例えば吐き気が出やすいタイプの抗がん剤を点滴する前には、
吐き気を軽くする注射をする、
みたいな対症療法が充実しています。

さらに心強いのは、昔に比べて、
カルテの開示をするのが当然、
という流れになってきているため、今入れてるこの薬は
コレコレの役目があり、副作用
にはアレソレもある、とか、
必ず前もって教えられる事。

昔は、お医者さまがやってる
事をいちいち「それ、何ですか」
とは聞いちゃいけない……的な
空気がありましたが、今日びは
そんな医者がいたら、即訴えられる時代ですから、ホント、その点、何でも聞きやすくなって、楽。

さらに、素人である患者衆に
分かりやすく説明するため、
いろんな冊子シリーズが
用意されていて、これが
嬉しい。

悪性リンパ腫にはどういう
種類があって、そのそれぞれで
だいたいどういうコース治療を
していくか、というのを
イラスト満載で分かりやすく
説明してくれてあったり、
コレコレの副作用が
出やすいのはこの時期で、
注意点はアレコレ……といった具合。

これらの冊子を
チェックしながら、
今日はこの薬を入れる日ね、とか、
コレコレの副作用が出やすい
時期だから、今日はおとなしく
しておこう、とか、
家族で相談しています。

現代では、ちょっとネットで
調べれば、こういう冊子的な
情報にもすぐアクセス出来、
ものすごく詳しく調べている
患者さんも多いそうですが、

指針となるものが、
実際に治療を行っている
施設から私たちに
示されている、というのが
わたくし的には
とても心強いのでアル。

主治医の先生も、
忙しい外来時間の前など
(つーことは、朝の8時半頃
とか。先生、どんだけ働いて
おられるトですか?!)
に病室に立ち寄り、病態や
治療の説明をして下さったり、
患者の気分転換になるような
話をして下さったりするそうで、
お話ししやすい先生に恵まれて
良かった良かった、と
皆で胸をなで下ろしたり。

とは言え、副作用は、
患者さん個々に出方が
違うものなので、
本人も家族もドキドキ
していたのですが。

他の方はどうか分かりませんが、
うちの相方の場合は、
今のところ、そこそこ常日頃に近い状態で、
入院生活を送る
事が出来ています。

無論、全く何もない、とまでは
言えません。やはり、食欲不振や
吐き気・頭痛のある日を
避けることは難しいらしく、
ちょっとしんどい日もありますが、

ムカムカしたり、食欲が
振るわない………と言いながら、
生来の食いしん坊気質(?)が
ここで幸いしてくれたのか、
何とか毎食、ガンバって
食べています。

………って言うか、病院だと、
おやつをヒョイとつまむワケにも
いかず、やたらにおなかが
空いているんだって。
それで一生懸命食べている
らしい………σ(^_^;

アルコール分解酵素が
ない血筋なもので、
お酒は全く興味がない
のですが、その分甘いモノが
大・大好き。
よく今まで糖尿にならなかったものだ、
と思うんだけど、今回多剤併用の
中にステロイドも入っていて、
これが血糖値を上げがちに
なるのか、コッソリおやつを
すると、すぐに血糖値に
はねかえってしまうんです!

知り合いの薬剤師さんの
話によると、ケッコーこの
ステロイド治療で血糖値を
コントロールするのが
難しくて、糖尿病を併発
しちゃう人も多いんだそうな。

※以前、娘や友達がステロイド治療を受けた時、ともかく、
おなかが空いて、甘いモノが
欲しくて欲しくてたまらなかった
んだそうです。プリンとかチョコ
チップスティックパンとか、
毎日これでもか、と食べてましたっけ。(-_-;)

相方の方は、このまま
順調に治療が進むようなら、
2クール目の薬剤を入れた
ところで退院し、以後は
通院治療でいこう、という
計画になっています。

通常1クール目が、もっとも
副作用が出やすいので、
病院での入院管理を優先
します。2クール目からは
通院加療となる方がほとんど
のようです。

自宅に帰ったからと言って、
調子にのって
おやつパクパク………というのが一番コワいのであります!

まるでダイエット道場の
ようだが、そのへん、
本人の意志が堅固………とは
あんまり思えないんだよなー(-_-;)

書く事に関しては貪欲だし、
真面目にせっせと調べるし、
一冊分を書き通す精神力は
すごいなぁ、と
コッソリ尊敬してるんですが、

おやつを目の前にすると、
鉄の意志、消えるような……(T_T)

退院後は、鉄血の規律で
おやつカットをしなければ!

ともあれ、この程度の
悩みで済んでいる今日この頃。

なんだかんだ言って、
相方の意外な精神力とか、
副作用に打ち勝っちゃう
食いしん坊ぶりとか、
LINEやメールや直接の会話とか、
いろんなものが私たち
家族3人の毎日の支えだったり
なんかしています。

やっぱりこれって、
有り難い事です。

※以上、本人の同意を
得てblog記事にまとめました。



●お見舞いにいただいた
ぬいぐるみのお猿さん。
戦国のシリーズで活躍した
重要キャラクターを
イメージして持ってきて
くれた。
命名「トヨスケ2号」。





●病室からの眺望が
とてもよろしく、
毎日夕焼け写真を
撮るのが楽しみ………と
いうのが本人談。

●お盆になりました。

We''re doing OK, so far, down here.
Look, I got two wonderful gifts from your
old friends.

They remind me of your everydays effort,
your feelings of fear, gratitude, curiosities...
well, sort of everything.
Ponder and think about you.

I''m now same age as Mum.
Can you believe it?
I wonder how she felt in her last year.
Since I''m getting older,
I now started to understand you guys even more.
I think my view towards your attitudes
about wartime has been changed gradually.

I love you even more.
Say Hello to Mum from me.
I love both of you forever.

(アポストロフィーがどうしても"に変換されてしまうー。
何度直しても、言うことをきかないー(ToT))

●いやぁ、照れくさい時は、英語に限るナーσ(^_^;

お盆を前にして、父の古いお友達お2人から、
素晴らしい贈り物をいただきました。

1つは、父と共に旧制中学で学ばれ、
薬学の専門家になられたS先生からのデータファイル。
ご自身で、多くの著作、またエッセイをものされる
先生は、旧制中学同窓会会報『槌音(つちおと)』を
編集してらっしゃいました。

趣味で俳句やらエッセイやら日本画やらを
やっていた父も、喜んでエッセイを載せて
いただき、当時は私もよく読んでおりました。

この度、掲載されたものを個人別ファイルに
落とし込んで下さったようで、
父の文章をまとめて送って下さいました。

もう1つは、静岡平和資料館での活動仲間で
あったNさんからの、新しい詳細な資料。
ご主人の退官と共に、ご主人の故地仙台に
引っ越され、仙台でも新たなグループで
戦争体験を残すための活動を精力的に
行ってらっしゃいます。

前もってお願いがあり、
父が残した戦争画をも、
この新しい仙台の資料に掲載して下さいました。

この2つの贈り物が、実はものすごーく
リンクしている感じなんですよ。

●『槌音』に遺された瞬間
(父の文章を載せますね)

「グラマンF6Fヘルキャット艦載機」

 昭和二十年八月十六日。終戦の翌日である。
 私と弟は、袖師(そでし)の海にいた。
 私たち一家は、七月七日の清水大空襲で焼け出され、庵原村(いはらむら)の山奥の農家の、納屋の二階に仮住まいしていた。
 一階は農具置き場と馬小屋、二階は、以前は蚕室だったそうだ。
 焼け出されて以来、風呂に入っていなかった。
 農家の母屋には、五右衛門風呂があったが、入ることはできなかった。焚口(たきぐち)が半ば外にあり、薪を焚く焔や煙が見えてしまうので、狙い撃ちされる恐れがあったからだ。
 終戦の玉音放送は、母屋の庭で聞いた。
 日中は重苦しい空気があったが、日が暮れると、雰囲気は一変した。
 山間(やまあい)の小さな村は、どの家も電燈を灯し、庭先に光が溢れていた。こんなにも電燈とは明るいものだったのか。空襲に怯え、真っ暗な夜を過ごしてきた者にとって、それは眩しいくらいの明るさだった。
 一夜明けて、弟と袖師の浜へ出た。
 腰まで海に浸かり、水を掻いていたその時、突然目の前にグラマンが現れた。
 背筋が凍った。
 興津(おきつ)の山陰から、音もなく近づいてきたのである。
 逃げたかった。だが、蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなかった。
 落ち着け。戦争は終わったんだ。下手に動いたら、撃たれるかもしれない。落ち着け。
 私は、そのまま立ち尽くしていた。
 グラマンは、二、三回旋回すると、悠然と飛び去って行った。
 暑い日だった。



●リンクする『翼下の記憶~1945仙台空襲と艦載機空襲』
Memory of under the Wing(仙台・空襲研究会)

上に挙げたグラマンを描いた戦争画が、
父の作品です。クレヨンで描いています。

大空を自在に飛ぶグラマンに、
言い知れぬ恐怖に怯えた若き日の父の思い。
文章と合わせて、画に目をやる時、
そこにまざまざと戦争の現実が立ち上がって
くるように感じました。

この、非常にきな臭くなっている今日という日。
全国に反対の声が上がっている中、
国は、憲法はどうなるのでしょう。
私たちの国は、どこに導かれていくのでしょうか。

この本は、3人という少人数のグループで、
2年の月日をかけて仕上げたとのことですが、

びっくりするほど豊富な資料に溢れています。
米軍側から出た資料、地元で丁寧に探した資料、
また多くの方から聞き取った資料と、
よくこれほどまでのものを、
たった2年で、それも3人でまとめ上げられた
ものだ、と賛嘆するばかりです。







1,200円で頒布されていますので、
ご興味ありましたら、お申し越し下さい。
Nさんの方にご希望をお伝えします。





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