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合唱のこと、英語のこと、本のこと、友達のこと、仕事のこと・・・とりあえず、ダラダラ続ける日記です。

カテゴリー「family」の記事一覧
●お盆になりました。

We''re doing OK, so far, down here.
Look, I got two wonderful gifts from your
old friends.

They remind me of your everydays effort,
your feelings of fear, gratitude, curiosities...
well, sort of everything.
Ponder and think about you.

I''m now same age as Mum.
Can you believe it?
I wonder how she felt in her last year.
Since I''m getting older,
I now started to understand you guys even more.
I think my view towards your attitudes
about wartime has been changed gradually.

I love you even more.
Say Hello to Mum from me.
I love both of you forever.

(アポストロフィーがどうしても"に変換されてしまうー。
何度直しても、言うことをきかないー(ToT))

●いやぁ、照れくさい時は、英語に限るナーσ(^_^;

お盆を前にして、父の古いお友達お2人から、
素晴らしい贈り物をいただきました。

1つは、父と共に旧制中学で学ばれ、
薬学の専門家になられたS先生からのデータファイル。
ご自身で、多くの著作、またエッセイをものされる
先生は、旧制中学同窓会会報『槌音(つちおと)』を
編集してらっしゃいました。

趣味で俳句やらエッセイやら日本画やらを
やっていた父も、喜んでエッセイを載せて
いただき、当時は私もよく読んでおりました。

この度、掲載されたものを個人別ファイルに
落とし込んで下さったようで、
父の文章をまとめて送って下さいました。

もう1つは、静岡平和資料館での活動仲間で
あったNさんからの、新しい詳細な資料。
ご主人の退官と共に、ご主人の故地仙台に
引っ越され、仙台でも新たなグループで
戦争体験を残すための活動を精力的に
行ってらっしゃいます。

前もってお願いがあり、
父が残した戦争画をも、
この新しい仙台の資料に掲載して下さいました。

この2つの贈り物が、実はものすごーく
リンクしている感じなんですよ。

●『槌音』に遺された瞬間
(父の文章を載せますね)

「グラマンF6Fヘルキャット艦載機」

 昭和二十年八月十六日。終戦の翌日である。
 私と弟は、袖師(そでし)の海にいた。
 私たち一家は、七月七日の清水大空襲で焼け出され、庵原村(いはらむら)の山奥の農家の、納屋の二階に仮住まいしていた。
 一階は農具置き場と馬小屋、二階は、以前は蚕室だったそうだ。
 焼け出されて以来、風呂に入っていなかった。
 農家の母屋には、五右衛門風呂があったが、入ることはできなかった。焚口(たきぐち)が半ば外にあり、薪を焚く焔や煙が見えてしまうので、狙い撃ちされる恐れがあったからだ。
 終戦の玉音放送は、母屋の庭で聞いた。
 日中は重苦しい空気があったが、日が暮れると、雰囲気は一変した。
 山間(やまあい)の小さな村は、どの家も電燈を灯し、庭先に光が溢れていた。こんなにも電燈とは明るいものだったのか。空襲に怯え、真っ暗な夜を過ごしてきた者にとって、それは眩しいくらいの明るさだった。
 一夜明けて、弟と袖師の浜へ出た。
 腰まで海に浸かり、水を掻いていたその時、突然目の前にグラマンが現れた。
 背筋が凍った。
 興津(おきつ)の山陰から、音もなく近づいてきたのである。
 逃げたかった。だが、蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなかった。
 落ち着け。戦争は終わったんだ。下手に動いたら、撃たれるかもしれない。落ち着け。
 私は、そのまま立ち尽くしていた。
 グラマンは、二、三回旋回すると、悠然と飛び去って行った。
 暑い日だった。



●リンクする『翼下の記憶~1945仙台空襲と艦載機空襲』
Memory of under the Wing(仙台・空襲研究会)

上に挙げたグラマンを描いた戦争画が、
父の作品です。クレヨンで描いています。

大空を自在に飛ぶグラマンに、
言い知れぬ恐怖に怯えた若き日の父の思い。
文章と合わせて、画に目をやる時、
そこにまざまざと戦争の現実が立ち上がって
くるように感じました。

この、非常にきな臭くなっている今日という日。
全国に反対の声が上がっている中、
国は、憲法はどうなるのでしょう。
私たちの国は、どこに導かれていくのでしょうか。

この本は、3人という少人数のグループで、
2年の月日をかけて仕上げたとのことですが、

びっくりするほど豊富な資料に溢れています。
米軍側から出た資料、地元で丁寧に探した資料、
また多くの方から聞き取った資料と、
よくこれほどまでのものを、
たった2年で、それも3人でまとめ上げられた
ものだ、と賛嘆するばかりです。







1,200円で頒布されていますので、
ご興味ありましたら、お申し越し下さい。
Nさんの方にご希望をお伝えします。





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●朝から斑鳩に突撃だー!

本日は行楽最終行程です。
斑鳩の里に法隆寺と中宮寺を訪ねました。

やっぱり聖徳太子ゆかりの地は訪れないといけません。

明日は朝イチで東京へ向かうので、今日の日程は10:00から。

結局楽しみまくって、
13:40くらいにお開きとなりました。

初日にお願いした運転手さんと交渉し、今日は短め時間の
節約コース。とは言え、この暑い中(最高気温、25℃! 春じゃなくて、初夏! うだるし、紫外線バンバンだし!)、往復経路を車で移動してもらったのは、ホント助かりました。

既に初日で、紫外線アレルギーが出て、ホテルに帰ってから冷やしたり、薬塗ったりして、アワアワしてたので、本日はUVカットクリーム塗りまくり。が、頭の上からお日様がカンカン照る。しまった。帽子を持ってくるべきだったのねー(ToT)
 ↓
旅行に入る直前の静岡は、
雨続きで肌寒かったもんだから、まさか、ここまで暑い旅行になるとは予想しきれなかった。不覚。_| ̄|○

●大和郡山なんだね、斑鳩って!

つい奈良市のような気がしてましたが、実は斑鳩は大和郡山市にあるんですって。

へー。知らなかった。

大和郡山は、金魚の生産日本一のところで、金魚の看板がいくつかありました。実際
に金魚を飼育しているところにはぶち当たりませんでしたが、代わりに大和郡山城にぶち当たりました!

ラッキー♡♡ヽ(^0^)ノ

後で調べてみたところ、
日本の桜100選にも選ばれている桜の名所なんだそう。

既に桜は終わっていましたが、緑したたるステキな風情でした。

築城は、筒井順慶と羽柴時代の秀吉みたいですねー。で、秀吉の弟秀長の居城になった。江戸時代になると、五代綱吉の側用人柳沢吉保の息子吉里の居城となったそうです。大和地方の中心として、長く栄えたところなんですね。

ただ、このお城を作るにあたり、奈良には良い石材があまりなくて、かなり無理矢理な徴収をしたらしいです。お地蔵様とか、墓石とか、さらには羅城門の礎石とかも、石垣用に持ってきちゃったんだって。ありゃー(^◇^;)

●柿食えば鐘が鳴るなり……の法隆寺、到着!

正岡子規の句で有名な法隆寺ですが、運転手さんのお話によると、この句、当初は東大寺近くのお店で柿を食べていた時に鐘が鳴り、一句思い付いた……らしいです。で、その後法隆寺に行って、鐘の音を聞いて、「うん、やっぱり法隆寺の方が合うな」………と、アレンジしたんだとか。ほんまかいな!

うーん、確かに法隆寺、と来た方が収まりがいいんですよねー。σ(^_^;
 ↑
ちょうど法隆寺を歩いていたら、お昼の鐘がゴーン、と鳴った……というところで、運転手さんからうんちく解説があったのだった。
 






この日も修学旅行生の山・山・山! 駐車場には大型バスが連なる、連なる!

うっかり修学旅行生の後に従って回ろうとすると、
てんで身動きが取れなくなってしまう。で、ベテランのガイド兼運転手さんが、
さささ~っ、と抜け道を通って、生徒さんたちを出し抜いてくれ、思いっきり法隆寺を楽しみました。

何しろ国宝目白押しのお寺さんなので、見るべきものが多く、急いで回らなくちゃ、と思っても、ついついあちこちで足が止まってしまう。

堂内は全て撮影禁止なので、
後で買った解説本の写真をば。

●国宝・百済観音像

 ↑
細い。スマート。
肘から先がやたら長い。
目視で計ってみたら、
十頭身くらいあった。
昨今のアニメキャラに
近いバランスであります。

●国宝・玉虫厨子

 ↑
超有名。けど、こんなに
大きなものだったんだ!
とビックリ。
高さは226.6cmだって。


 ↑
これも国宝。教科書にもあったような。橘嘉智子夫人の念持仏と言われている、とっても姿の美しい仏様。玉虫厨子よりチビっと背の高い厨子に入っています。


 ↑
一番有名な太子像。かつての一万円札のイメージですね。でも、実はかなり後世の作なんだって。

●国宝・救世観音像

 ↑
実はこれが太子の姿を映したもの、と言われている観音様。夢殿に安置されています。「ぐぜかんのん」と呼び習わしてましたが、解説本には「くせかんのん」となってました。大分大陸的なお顔ですねー。


 ↑
マニア的には、こーいう
展示物が、どストライクであったりする。

古代の税で租庸調(そ・よう・ちょう)というのがありましたよね。租は稲、庸は確か労役だったと思いますが、調は当時の貴重品である布で払う税。通貨制度がまだ未熟な時代なんで、物納なんですよねー(^^)/

で、この布は、当時実際に税として収められた麻布。常陸国から収められた、と書いてあるんだって。

下の剣は、聖徳太子の御守り刀と伝えられる七星剣。写真では判然としませんが、刃のところに北斗七星が刻まれているハズ。星辰信仰の重要アイテムです。


 ↑
も一つ、マニアックなモノ。
梓の木を削り、漆で仕上げられた梓弓(あずさゆみ)と、
射た時に音が出るようになっている鏑矢(かぶらや)のセット。

この弓矢セットは、狩猟のためのものではなく、もっぱらまじない用。

「鳴弦(めいげん)」と言って、矢を射たときの音で悪霊を払う呪物です。『源氏物語』の中でも、確か葵の上の出産の時に、物の怪退散、無事出産を祈って使われたんじゃなかったかなー。

●夢殿を過ぎると、お隣に中宮寺。

とてつもなく広い法隆寺に比べると、こちらはチンマリとした尼僧院。元々は少し離れたところにあったらしいですが、こちらにも超有名な国宝が!

NHK特集なんかにも出てきますが、


 ↑
有名な半伽思惟像。飛鳥彫刻の最高傑作と言われているそうで、もちろん国宝。古典的アルカイックスマイルの典型。お寺さんの解説によると、エジプトのスフィンクス、ダビンチのモナリザと並ぶ「世界の3つの微笑像」と呼ばれているんだそうですよ。



中宮寺のもう一つの国宝は、
聖徳太子の后・橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が太子の死を悲しみ、宮中の采女たちに命じて刺させた、太子が行ったであろう天国の様子の大刺繍。『天寿国曼荼羅繍帳』(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)というので、教科書にも載ってましたね。

ただ、現在では使われている絹糸がもはや限界で、普通に展示する事が出来ません。本物は奈良国立博物館で保管中。お寺さんでは、レプリカ展示になっています。それでも、間近に見て、月のウサギさんが若水(月にあると言われていた不死の水、落ち水とも言う)の瓶の前で踊っている、の図があり、じっくり見てきました~。

ウサギさんが、現代の長い耳のではなく、昔の野ウサギ風の短め耳なんで、「これがそれですよー」と言われないと分からないんだけどね(^◇^;)

●で、本日のオマケ



中宮寺の本堂前のお池に、
亀さんの集団が。

亀らさんて、どーして
ひと(?)の甲羅の上に
ノシノシ這い上がろうとするんでしょうねぇ。
上の方があったかいからかねぇ。

奈良のお池では、あちこちに
鯉とともに亀らさんを
見かけました。放上会をやるのかな。

ちなみに友人宅の亀さんを
観察してみると、変温動物なもんで、うっかり日陰にいると、すぐに身体が冷え冷えになって、身動きが取れなくなってしまうようです。

で、じっと日の当たる場所で、
ぬくぬくしている、と。
省エネに徹した種族です。

恒温動物の私たちは、
動かないと温まってこないんだけど、亀さんは、
じっとしてれば充電(?)
出来るらしい。のどかな奈良の風景にマッチした動物でありました。



で、最後に法隆寺の土産物屋さんで見つけた奈良の歴史付箋。もったいなくて使えないかもぉっ!(≧▽≦)

とまあ、奈良旅行行程は
無事にフル堪能で終了となりました~。やれやれ、暑かったけど、フル晴天で、
行きたい所はみんな
行けたので、大いに満足、満足。
歩き回って、お腹空きました~。

旅行けば~♪

腹が減る減る

法隆寺~♪

ゴォーン………みたいな。(by 娘)

お粗末様でしたー(^O^)v
●前日はタクシー乗りまくりだったので

今日は近場を歩いてみよう、という事になりました。

ホテルから徒歩30分圏内にある有名どころは、

①法華寺
②海竜王寺
③不退寺(ふたいじ)

の3つ。

そのうち①と②は、ほとんど隣接。③はちょっと離れている。

で、

①は光明皇后ゆかりのお寺で、皇后が千人の湯浴みのお世話をしたという蒸し風呂(からふろと言う)があり、国分尼寺の総本山でもある。お庭の花が有名らしい。

②は光明皇后の父・藤原不比等(中臣鎌足の息子)の旧宅跡にある海難避けで有名なお寺。留学僧として渡海した玄ぼう(※漢字変換出来ず)が開基。

玄ぼうさんは、有名な阿部仲麻呂・吉備真備と共に養老元年(717)、遣唐使船で留学した人。1年後真備と共に帰国の途に着いたが、船団は嵐に遭い、種子島に漂着し、一命を取り留めた。生還はしたけど、さんざんな目に遭ってしまった。

阿部仲麻呂は、中国に残って科挙の試験を受けて唐の玄宗皇帝に35年に渡って仕えました。(ちなみに、玄ぼうさんが唐に滞在した頃は、玄奘三蔵さんが亡くなってから、ほぼ50年後の事。ニアミス! 生きていれば、会いたかっただろうなぁ)

仲麻呂は、35年の勤務(?)の後、「そうだ、日本に帰ろう」と帰国を試みましたが、難破しちゃって、結局生涯帰れませんでした。

ふるさとを思って切々と歌った和歌が百人一首にも採られていて、有名ですよね。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

じぃ~ん(ToT)

③は、なんと、在原業平が建てた、と言われているお寺。
平城天皇の息子阿保親王を父とする業平が、親王の菩提を弔うために作ったとされています。
うわぁ、ついこの間、業平東下りで有名な宇津ノ谷峠、通ったばかりだよぉ~(≧▽≦)

●で、どこに行こうか鳩首会議。

これまでの経験から言って、
どこかのお寺に行ったが最後、2人でフィーバーしまくって、1時間、2時間当たり前~(≧▽≦)で、歩き回ってしまうであろうことは、容易に想像できるものだから、

・体力もないくせに、全部回ろうと考えるのは、無謀の極みである!

・最初に入ったところで、
やたらに時間を食ってしまうに違いないので、下手をすると、また閉門の憂き目に遭遇する!
 ↓
・欲張らず、3つのうちの、1つ、もしくは2つで我慢するべきでアル。

という結論に達しました~。

で、光源氏のモデルの1人と言われる業平も捨て難いが、前日にダンナさんの聖武ちゃんの墓所も見た事だし、
娘がファンである光明皇后を最優先することに。

①法華寺→②海竜王寺→帰る

のルートに決め、とりあえず、出発~(*^▽^*)

●法華寺、やはりフィーバー、フィーバーでした。



姿も美しい、落ち着いた風情のお寺さん。その上、修学旅行ルートには入っていないのか、静かで静かで、和む~!
『平家物語』巻の十に登場する女性・横笛(よこぶえ)が出家したのも、このお寺だそうで、本堂の片隅に、なよやかな座像がありました。


 ↑
松ぼっくりが、ポトリ。


 ↑
お池でカメが日なたぼっこ中。








 ↑
光明皇后ゆかりのからふろ








 ↑
何故か立派な民家。指定文化財の庄屋さんのお家。








 ↑
真っ盛り~(*^▽^*)




 ↑
さすが、百花の王!
Sooo ビューティホー!!

歩き疲れたので、庭園の四阿(あずまや)で一休み。ふー。



●海竜王寺さんも楽しかった。



ネットでこのお寺さんのページを見てみたら、なんか、いろいろ盛り沢山でビックリ。

住職さんがいろんな方と対談したり、マンガニュースを作ったり、と精力的。

なので、お寺そのものも
きらびやか~(≧▽≦)

……なイメージかな? で出掛けましたが、実際のお寺さんは、
おだやか~(*^▽^*)和む~。





海難避けに始まり、
旅の安全を祈るなら、是非ここに、というお話を聞いて出掛けました。

うむうむ、この旅が無事に
終わりますように、祈願しなければ。

本堂の真ん中に、
涼しげなギヤマンの器が
円を描いて置かれているので
何かなぁ、と思ったら、
東シナ海の水とか、
なんとか海の水とか、
細い短冊に書いてある。

一旦は途絶えていたものを
復活したそうですが、
世界各地の海の安全を祈願するために、さまざまな海の水をお祀りしてあるんだそうです。

さすが、玄ぼうさんゆかりのお寺だぁ。竜王は仏法の守護神でもあるし、玄ぼうさんも、海竜王に祈り続けたおかげで、海難を避け、無事生還したとのことですから、海を渡る人々を守る祈りを捧げてきたんですね。

あ、そうそう。

ここには1つ、有名なお宝もありました。



天平時代に作られた五重小塔。国宝です。

天平時代の建築様式を今に伝える重要なモノなんですが、実物大の塔を作る前に、これでバランスは大丈夫か、と確認する模型みたいなものなのかなぁ?

説明書によると、このお寺が創建された時から設置されていたみたいなんで、なんだか、立体モデルのような気が
するな。実際には、どういう意図で作られたものなんでしょうね。



歴史の宝庫を旅をすると、
教科書や本の中でしか出会わない人々が、実はその場所で、生身の生活をしていたんだなぁ、と実感できるような気がする。

藤原氏の基を固めた不比等や、
その娘で人臣出身で初めて皇后位に就いた光明子、
その光明皇后とアツアツラブラブだった聖武天皇………。

その他諸々の人々の姿を
想像するだけで、旅って楽しい。

●オマケ

今日もまた、バッチリ良いお天気で、午後中歩き回って汗だくになりました。堪能、堪能。

で、ブラブラとホテルへ歩いて帰る道すがら、

ネコカフェがっ!ヽ(^0^)ノ

ちょうどお休みだったんで、
中には入れなかったんだけど、



窓際で、ネコが居並んで
眠りこけてました~(≧▽≦)

しばらく見てたら、ちょいと
目が覚めたコもいたんで、
とりあえず撮影しときました(^O^)v







●古代史好きにはたまらない聖地・奈良!

娘と2人、憧れの奈良にやって参りましたー!

2人揃って、古典オタクなので、見るもの聞くもの、フィーバーのタネ!

第1日目は、観光タクシーで、



①唐招提寺
②薬師寺
③平城京跡(朱雀門・大極殿を車中から)
④前方後円墳巡り(車中から)
⑤東大寺+二月堂
⑥興福寺五重塔

と、これまた盛り沢山のルート。

ホントは、ここに春日大社も入るコースなんですけど、
時間が押せ押せになってしまう上に、上記6ヶ所で、もうもう満腹! というぐらい見どころがあります。で、春日大社はパス!

●何はなくとも、鑑真和上!

鑑真和上像、自分が大好きなんで、娘にも是非見せたい!

という野望の下、まずは
唐招提寺詣で。



残念ながら、ホンモノの和上像は、普段は拝観できず、
平成になってから、同じ乾漆技法で作られた御影像(お身代わり)にお参り。

ガイドをして下さった運転手さんによると、あの名曲『昴』は、元々鑑真和上の生涯に材を得た井上靖原作の映画『天平の甍』の劇中歌(主題歌かな?)だそうで、歌詞は、実は鑑真さんをイメージしたものなんだって。

目を閉じて何も見えず~♪

ナルホド!
そう言われてみれば!
歌があまりにヒットしちゃったんで、元々の映画の話は忘れてましたねー。これから『昴』を歌う時は、鑑真さんに思いを馳せなければ。


 ↑
鑑真さんの眠る御廟。手前にある灯籠には、今でも毎日灯明が。




 ↑
で、この阿修羅ちゃんは、
唐招提寺を出たところの
お土産屋さんのガチャポンで
娘が一発でゲットしたもの。

「阿修羅像が人気なんですけど、なかなか出ないらしいんですよねー」
「レアものなんですねー」

と、運転手さんとのどかな
会話をしていたら、娘が
ガチャポン、と!

出た瞬間に、
「よっしゃーっ!」
とか叫んでおった(^◇^;)

●薬師寺は、三蔵法師のお弟子さんが開いたお寺であった!

阿修羅ちゃんフィギュアゲットで、幸先のいいツアーとなった私達の次の目的地は、
薬師寺。

「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」で有名なアソコです。

佐々木信綱が詠んだのは、薬師寺の東塔………なんだそうですが、現在修理中で見られない。西塔を拝んで、まあよし、とする。ひとひらの雲………というより、なんか、勇壮な雲が出てた!







由来を読んでいたら、このお寺の開基は、唐に渡って玄奘三蔵法師のお弟子になった方。なもので、薬師寺は、玄奘三蔵を寺の祖として崇めているんですって。

ナルホド!

それで、三蔵法師の『大唐西域記』をテーマとした平山郁夫画伯の大壁画があるんだー!

玄奘三蔵は、タクラマカン砂漠で水がなくなり、熱中症で死にかけ、運良くオアシスにたどり着き、九死に一生を得たり、

天山山脈を命からがら越え、ついにはバーミアン(現アフガニスタン。タリバンによってバーミアン遺跡が破壊された事件は記憶に新しいところ)、ガンダーラ(パキスタン)と過ぎ、インドにたどり着きます。

苦難の末にたくさんの経典を中国に持ち帰った玄奘は、唐の太宗皇帝の庇護の下、50人のスタッフを与えられ、1,335巻の経典を中国語に翻訳する事を得ます。

日本に伝わった経典の数々は、みんな、この玄奘が苦労して運び、翻訳してくれたものなんですよね。

玄奘訳の経文の中でも、一番馴染みの深いのが、「般若心経」。ちゃんと冒頭に「唐の玄奘が訳したものだよ」と書いてあります。

ヤッパリ、奈良に来ると、
初めて仏教が日本に伝来した頃の息吹きを感じますネ~(*^▽^*)


 ↑
額は、「不東(ふとう)」。
仏典を得ずしては、東(中国の方向)には決して行かない!」という玄奘三蔵の決意を表す言葉だそうです。

●車中から平城京跡

薬師寺では、ものすご詳しい解説もお聞きでき、むちゃくちゃフィーバーしてしまったので、ちょっとお疲れモードに入った私たちでしたが、
せんとくん付きのEV車タクシーで楽々移動。ああ、なんて、有り難いんだ。

既に吉野の桜は終わってしまい、気温もほとんど初夏状態で、外をちょっと歩いただけで汗だく。エアコン完備のタクシー様々です。

で、平城京跡(要するに発掘現場)をぐるり、と周り、復元された朱雀門と大極殿を遠目に見、ヤッパリ柱はエンタシスだぁ、とか言ってたのですが、

次の目的地たる東大寺に向かうところで、

それは見事な前方後円墳をいくつも見せていただきました♡

まず最初は、誰の墓か比定はされていないんだけど、これぞ典型的な前方後円墳(周りを壕に囲まれており、形がはっきり分かる)を一周。

若葉が鮮やかで、穏やかな水面がきれいで、2人で大騒ぎ。(あまりにフィーバーして、写真を撮り忘れた!)

カーナビで見ていくと、
意外と次々と前方後円墳が出てくる。

宮内庁が管理している古代の天皇陵や皇后陵もありました。最後に聖武天皇陵にも!

何故か隣が保育園(幼稚園だったか?)の建物で、可愛い動物の絵柄の外壁がミスマッチ~(≧▽≦)

聖武天皇陵は、周りに壕がないタイプなので、ちょっと見は、単なるなだらかな小山。言われなければ、ここに聖武ちゃん(すいません、ファンなんで)が埋葬されてるとは分かりません。

運転手さんのお話によると、奈良はともかく埋蔵文化財が多く、ちょっと掘れば、すぐに昔の瓦などが出てくる土地で、家を新築する時も大変なんだとか。(うっかり何か出てくると、家の工事は差し止めで、発掘が始まる。で、その発掘の費用は、家の持ち主負担になっちゃうんだって!)

そう言えば、ちょっと前にも、長屋王の邸跡を示す木簡とか、出てましたよね。

●で、ででん、と大仏殿!



この日は修学旅行生大当たりの日でして、どこへ行っても観光バスからゾロゾロと、中学生とおぼしき子供らが。

東大寺大仏殿など、
人の頭をよけて写真を
撮るのが至難!

とは言え、やはり奈良まで来て、大仏殿を見ない、という手はないので、せっせと拝観。

そして、回廊沿いに、たくさんのお土産物。

わぁい! 
面白いもの、ないかなー?

と流してみたら、
ミョーにシュールな
2色ボールペンシリーズが!



そして、大爆笑できる
絵解き風お経の手拭いが!



ボールペンは、福耳の大仏さんと、鹿せんべいを握りしめた鹿。どちらも面白いので、
静岡のマニアな人々へのお土産にしました。手拭いは、自分のお楽しみ用(なんだが、一応資料にもなるな、と自分に言い訳してみる、と)。

そうそう、奈良名物の鹿にもちゃんと会えました。エサがないか、と寄ってくるので、とりあえずなでくり、なでくりしておきました。





なんでも、夏がブ暑い奈良盆地では、鹿は暑がって、よく池にドボンと首まで浸かっているんだとか。
 ↑
温泉に浸かるお猿さんやカピバラさんじゃあるまいし。イ、イメージ、違う。

で、実は夜行性なんで、
夜になると、あちこち
グイグイ闊歩してるんだとか。
 ↑
じゃ、昼間ノンビリゆったり歩いているのは、単に活動時間じゃないからなのか?
 ↑
再び、イメージ、違うー!

●そろそろ大分疲れてきたんだが、そして、神社仏閣は、夕方5時には、みんなクローズなんだが!

「もう時間がないっ!」

と叫びながら、とりあえず二月堂を駆け上がり(気持ちだけ。足は上がっていなかった)、お浄めの水をいただき、上から奈良盆地の景色を愛で、







さらに、既に閉門なんだけど、有名な五重塔には行けるから、ということで、ソッコーで興福寺に行ってもらい、

五重塔を激写!



日が伸びてきたおかげで、
美しい青空をバックに
五重塔も撮影できました。

いやぁ、堪能しました。

京都に比べると、
奈良は、重要な施設があちこちにバラけていて、実はアクセスが大変。

飛鳥・奈良時代、都が転々と変わったおかげなんですが、
歩いて回るのは、かなり時間がかかる上に、バスは1時間
に1, 2本しか走っていない。
観光タクシー様、万歳です。

今回、石舞台のような山の中は最初からパス、という計画でしたが、車で回ってもらったからこそ、前方後円墳巡りも出来たわけですね。

ま、ちょっと大名旅行気分。年に1度の親子贅沢です。
●おニューのメガネ♡

週末は、恒例のイースター埼玉詣。金曜日にピックアップしたおニューのメガネで、いそいそと♪
出掛けましたー。

今回は転がったり、
つんのめったりしなかったゾ、(`・ω・´)えっへん!
 ↑
って、それが普通だってば。



 ↑
縁がちょっとオシャレ~。



 ↑
前のは、茶色っぽいレンズを
入れてもらってましたが、
新しいのは薄いグリーンが入ってます。

●娘と合流して、一路さいたま新都心駅へ

今回は娘同伴で1泊前泊し、当日は亡くなった従兄Totoの娘たまちゃんも誘い、イースター礼拝へ、という計画。

で、まずは叔父と3人で
前日の夕食会。
駅近くのcocoonという
ビルのレストラン街へ。

オムレツとハンバーグに
目がない娘の主張により
入ったのは、「なんば自由軒」。

静岡では聞いた事がなくて、
うっかりしてたんですが、
織田作之助の『夫婦善哉』に登場するお店として、
関西近畿辺りでは、大変有名なんだそうですネ!
老舗洋食屋さんだぁっ!







で、マイルドなお味に
3人で舌鼓。
叔父もすっかり気に入り、
「また来よう~♪」とゴキゲン。

で、一路家路を急ぐ、と。

で、勝手知ったる叔父の家で、長女格を自認しているので、早速勝手に、ピアノの蓋を開ける、と。



エヘヘ、実はこのピアノ、
元々、私のピアノだったのですよー。

学生時代、荻窪で使っていたものを、従妹のピアニストが子供のレッスン用にアップライト、欲しいかも~、と。

で、叔母が「代わりに良いベッドを買ってあげる!」と、ちょっと横幅があるセミダブルっぽいのを買ってくれたのでしたー。

エビでタイ!

荻窪時代、大分防音に気を遣ってはいたんですけど、どうしても下の階に響くらしく、苦情が来ちゃったりしたので、思いっきり弾けず残念だったのですが、

叔父のところは、防音OK、
夜も大丈夫、との事なので
思いっきり好き勝手。

まずは、礼拝で聖歌隊が
歌う曲の音取りレッスン(^^)/

私も叔父と一緒になって、
毎年聖歌隊の方々と歌うのですが、このところ長老のお仕事ばかりか、会計のお仕事も引き受けてしまった叔父は、
練習するヒマがないそうで、
「まだ音取りしてない~(ToT)」状態。

で、サクサク取る、と。

で、譜面台を見たら、
新見徳英作曲編曲の
「聞こえる」の譜面が!



うわぁ、この和音構成、
胸キュンじゃん~~(≧▽≦)

で、何度も繰り返して
弾く、と。
で、台所でガサガサやってた叔父が、好きなフレーズのところになると、歌いながら台所からやってくる、と。
 ↑
娘があきれかえっており、
「ただいま絶賛練習中!」とか言ってましたが、叔父は
私が歌うと、叔母の声にそっくりだ、で喜んでました。

ピアノはもう、大分古くなってて、椅子など時々ギシッ、と不気味な音を立てたりしてるんですが、

従妹が懇意にしている調律の方を連れてきて、いろいろやってくれたそうで、とても良く鳴りました。(で、余計に嬉しくなり、いつまでも弾いている………と。何をしているんだか)

●で、イースター礼拝

大昔、カトリックのミサに出た事があるよーな気がする(^_^;)………という娘と、

全くキリスト教には縁がないσ(^_^;たまちゃん、

の2人を従えて教会入り。
ちょろちょろっと説明をし、
「やたらに歌うので、そのつもりでね~♪」と。

そーなんです。
カトリックのミサは
それ程歌いまくらないのですが、プロテスタントの礼拝では(実はプロテスタントでは、ミサとは言わない。礼拝とか、聖餐と言う)、

聖書の一節を読む
 ↓
全員起立して、賛美歌を歌う(それも1番から最後まで。たいてい4番まである)。
 ↓
牧師さんのお話(説教)がある。
 ↓
また全員起立して、別の曲を歌う。
 ↓
信仰告白(いわゆるカトリックにおけるCredo)を全員で唱える(起立キープ)
 ↓
また歌う。さらに別の曲でアル。むろん、4番まで。
 ↓
聖餐式。(キリストの身体であるパンと、キリストの血であるワインを頂く。洗礼を受けてない人はもらっちゃいけない)
 ↓
で、また立って歌う。さらにさらに、別の曲でアル。くどいようだが、やはり4番まで歌う。
 ↓
主の祈りを全員で唱える。
(聖書の中に書かれているもので、「どうやって祈ったら良いですか?」という弟子の質問に答えてキリストが教えたもの。そのため「主の祈り」と言う)
 ↓
神を誉め称える賛美歌を歌う。

………というのが、だいたいの流れです。教会員の方にとっては、毎回歌う曲、というのも多いのかもしれませんが、私たち3人は、全て初見の嵐デス。

仏教儀式とは違って、
全員参加型で、立ったり座ったりが多いので、居眠りするどころじゃないのです。

そして、今回は
洗礼を受ける人がいらしたので、途中でその信仰告白みたいなのも入った。

洗礼式って、
どうやってやるのかなぁ?

と思っていたら、
牧師さんが、
「………………を信じますか?」と訊くと、

「はい、信じます」と
答えていく、という形式。

なんか、英語の結婚の誓いみたい。

I do. の連続だよねー。

で、全てにI do.をすると、
聖水をちょぼっとおでこに付ける……ような感じだった。
(宗派によっては、小さなプールにドボーンと頭まで浸かるパターンもある)

今回の賛美歌は、
以前歌ったことのある
好きな曲があったり、
(後で見たら原曲は
ドイツ語でZum Sanctus、作曲はシューベルトだった!)

ベートーベンの「歓喜の歌」があったり、で楽しかった~♪

14世紀の賛歌でキリストの復活を称える、よく歌われる曲もありましたが、これ、確かカトリック聖歌集にもあったような~♪
 ↑
とりあえず、宗教曲さえ歌わせておけば、ゴキゲンな奴デス。

ちなみに、カトリックでは
「聖歌」、プロテスタントでは「賛美歌」と申します。上記のように、同じ曲が聖歌集と賛美歌集にあったりするんですが、訳詩が違ってたり、ビミョーにメロディーが違う場合もあり、油断は出来ない(?)

とまあ、こんな具合で、
たまちゃんと娘は、
大分面食らったのではないか? と思いますが、
ま、これも経験、と。

ちなみにカトリックでも、
ひたすら歌いまくる「歌ミサ」という形式もあります。イタリアでこーゆー形式のに出た事がありますが、通常言葉によって唱えられるお祈りや賛美を、全て歌でやるわけで、たくさん歌えて、これもまた楽しかった。
 ↑
あくまでも歌える事が重要なワタクシであった(^_^)v

●ちょっと嬉しかった事

叔父の家では、
私の母の作品を、
たまちゃんの父の作品とともに大事に飾ってくれていますが、(うっかりTotoの絵は取り忘れた! ごめんよー!)



「これを飾ろうと思ってたんだけど、時間がなくて……」と叔父が取り出してきたのが、





母の遺作展をやった時のポスターです。白花の彼岸花の絵。

このポスター、とても発色が良くて評判になり、「欲しい」と言ってくれた人がたくさんいたので、もうほとんど残ってないのですが、叔父も持ってくれてたんですねー。

久しぶりに見たら、
やっぱり嬉しかったな。

形として残っているものがあるというのは、良いものです、うん。

今回のイースターは、小雨模様でちょっと残念………と思いましたが、思いの外美しい満開の桜にたくさん出会えました。あちこちに桜並木があり、叔父が車で回ってくれました。

最後は、八重洲口から例によって高速バスに乗り、雨の町の風景をパシャリ。思い出満載の一泊旅行でした。


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