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合唱のこと、英語のこと、本のこと、友達のこと、仕事のこと・・・とりあえず、ダラダラ続ける日記です。

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●久々に陰陽道の資料

を読み漁っているんですけど、

『陰陽師たちの日本史』
斎藤英喜著
角川選書546

というのをKindleで見つけ、
一気に読み切ってしまいました。

底本になっているのが
平成26年10月初版で、
電子書籍出版が
同年11月なので、
出版と同時に電子書籍化された最新データの本ですねー。

著者の先生、初めて読みましたが、小松和彦さんが
『憑依信仰論』で紹介した
物部いざなぎ流などを
フィールドワークでかなり
研究されている方のよう。
 ↑
以前東京で、このいざなぎ流神事のdemonstration舞台があり、ワクワク見に行きました。超おもしろかった!

古代から江戸時代までの
陰陽道の展開を駆け足で
紹介してくれている本ですが、

最近の研究論文を豊富に
引用していて、
そうか! 今、ここまで
進んでいるのか!
とメウロコ落としながら、
喜んで読みました。

岡野玲子版『陰陽師』も
もちろんチェックしていて、11巻のここに、この儀式が
描かれている、とか口絵付きで紹介されている。

困るじゃないか。
また読みたくなっちゃうじゃないか!

野村萬斎さん主演映画や
岡野版ですごいブームになったのは、もう10年くらい前になっちゃうんだけど、

研究の方は今でも
着々と進んでいるんですねー。

噂の(?)安倍晴明は、
役目柄陰陽道をやってただけのごく普通の官吏のオジサンで、別にスーパーマンではなかったのではないか?

という説が当時も出ていたんですが、

実は陰陽師として声望高く、
藤原道長など時の権力者の
専任陰陽師的な活動をしていたのは、陰陽寮(陰陽博士やら暦博士やらがいる。朝廷の役所の一つ)から転任し、大膳大夫(天皇のお食事関係を司る役職。てんで陰陽道に関係がない!)になった頃の話なんだそうな。で、かなりの高齢までバリバリの現役陰陽師として活躍し、道長には大いに頼りにされていた。

前半生については、未だに伝説の中に包まれている人です。信田の狐の子供であるとか、童の時に見鬼(けんき……普通の人には見えない魑魅魍魎を見る能力)の才能を発揮して、師の賀茂保憲に目を掛けられた、とか、さまざまの逸話があるんだけど。

実際には、天文得業生という、いわば陰陽師の見習いになったのが40歳の時なんだって! ものすご、遅咲きです。それまで、何をやってたか分からないんで、余計に伝説に彩られてるんですなー。
 ↑
な訳で、岡野版のような
バリバリに若くてイケメン
ではなかったらしい(^◇^;)もっとも、岡野版は、
年齢不肖で妖しい雰囲気にしてあるが。

で、見習いの時にめきめき頭角を表し、陰陽博士に出世。以後、他の部署に配置された後も、プロの陰陽師として大活躍し、晴明発案によって行われるようになった儀式も多い。

有名な泰山府君祭も、元々の中国伝来の儀式を日本風に改めて、盛んに行うようになったのは、安倍晴明以来のこと。要するに、現代の私たちがイメージするような陰陽師の姿というのを創り上げた人が安倍晴明らしい。

で。

京都にある有名な晴明神社は、安倍晴明の旧宅跡である、と言い習わされているんですが、実際の旧宅跡は、
現在ブライトンホテルの駐車場辺りなんだそーです。
 ↑
ち、駐車場………ちょっとカナシイ_| ̄|○

で、
この神社は、ずぅ~~~っと
晴明の子孫に当たる土御門家が持っていたもんだ、と単純に思い込んでいたんだけど、
そーじゃないんだって。

室町だったか、戦国だったかぐらいは、民間陰陽師である法師陰陽師たちが住んでいた所だった。この頃、全国の陰陽師を組織して、土御門家を先生として、陰陽道をやる人はみんなその弟子になって、先生に上納金を出してネ、というシステムが土御門家によって作られた。で、それを天皇が勅許、将軍も朱印状を出した。

このシステム構築によって、
戦国時代には被災して疎開したりして、勢力が衰えていた土御門家が盛り返し、江戸時代を通じて国家公務員的に天皇や将軍に奉仕した。

現在の晴明神社は、こういう具合にして、土御門家のものに収まったんだそーです。

いやー、ずいぶん研究が
進んでいて、さまざまびっくりでした。

●こっちはまだ読み切ってないが

もう1冊ハマっているのが
こちら。

Cat Sense
~How the New Feline Science Can Make You a Better Friend to Your Pet
by John Bradshaw
2013
Basic Books
A Member of the Perseus Books Group, New York

『ネコの感覚』と一応訳しておきますが、カバーしているのは、遺伝学、歴史学、旅行移動論、医学生理学部門などなど、やたら広く、やたら詳しい。当然、大著。せっせと読んでるけど、まだ1/4。先は長い。

●閑話休題。

えー、今、英語の副題を
入力していて、ああ、こういうcapitalizationのルール、
秘書科学校で習った、習った! と急に懐かしくなったので、脱線します。

日本語では、大文字小文字の区別がないので、アメリカで習った大文字にするべき字のルール、最初はなかなか身に付かなかった。

文章の頭は、大文字にする、というのは日本の中学英語でも習いますけど、
上の副題のようなパターンの時にはどうするか?
というのは習った事がなかった。

実は、コレ、ちゃんとしたルールがあるのです。

簡単です。
覚えておくと、
英語で論文なんて時に、
迷わなくて済みます。

要は、
タイトルで大文字化する時には、
「前置詞」と「冠詞」「定冠詞」以外は全部、アタマを大文字にするのであります。

上の副題を見ていただくと
分かりますが、

先頭にないa, the, of, toだけ
小文字になってるでしょ?

コレだけ守ればいいのです。

迷うのは、
初っ端にa やtheが来る場合ですが、これは小文字にするルールより、「アタマは大きく」ルールが優先されるので、

the Terminator(ターミネーター)
ではなく、
The Terminator
が正しくなるのです。

今話題のSF「火星の人」は、
A Martianが原題ですが、
アタマに来てる冠詞は大きく、のルール通りの表記です。

ちなみに、aとtheの使い分けって、難しくて迷いますが、

要は話の最初に出てくる時は、a。話の続きに出てくる時はtheで、さらに対象のブツなり人なりが、1個、1人である事を強調するのがaと覚えておくと使いやすいみたいデス。

「あるところに1人のおじいさんがいました。そのおじいさんは、まんじゅうが大好きでした。」

という昔話風のセンテンスを思い浮かべると分かりますが、最初の「おじいさん」には「a」がついて、次は「the」が付く。

そうやって見ると、
「火星の人」の原題、なかなか含蓄があっていいなぁ、と思います。火星にたった1人で取り残された………というニュアンスが、もうタイトルに出てますよね。そのために、The Martianではなくて、A Martianにしているんじゃないか、と思います。その辺のニュアンス、日本語に訳すのが難しい……。

●で、Cat Senseですが

まだ読み切ってもいないし、
やたらに詳しいんで、
概括できないんだが、

へーへーへーへー(゚◇゚)ガーン

てな感じで、いろんなところでメウロコ、ぼろぼろ落として楽しんでます。

面白かったものをちょっとピックアップすると、

・古代エジプトでは、ネコの女神さまが篤い信仰を集めており、普通の家庭でも高位高官宅でも猫が可愛がられていた。
 ↓
んだけど、その一方では、
神殿には大量のネコが飼育され(養鶏場なるぬ養ネコ場があったんだそーな)、何にするか?と言えば、神殿で生贄にしていた! 殺してミイラにして、神殿にお供えしてたんだって。古代エジプト人、わからん!

・魔女狩り全盛時代、ヨーロッパでは魔女が黒猫に化けるとか、悪魔の使いだとかで、大量に殺された。当時は黒猫は珍しく、そこが不吉なイメージにつながったそう。
  ↓
なんだけど、今じゃ、遺伝子のイタズラで、ヨーロッパでは黒猫はゴロゴロいたりする!
  ↓
これが野生だったら、黒はそんなに生き残れなかったハズ。何となれば、黒は、自然の中では目立つ色で、逆に縞猫なんかの方が目立たずに獲物に近寄れるので、生存率が高い。確かに、クロヒョウなど、絶滅危惧種である。

・人類が狩猟採集生活から、定住して作物を作り、保存するようになった時から、ネコは人類に有益な動物になった。作物を貯蔵すれば、必ずネズミがお邪魔するからだ。
  ↓
で、交易やら戦争やらで船に乗って人間が移動する時には、必ずと言ってよいほどに、ネコをお供とした。バイキングも、フェニキア人も、ローマ人も、みんなネコ連れ。おかげで、いろんな土地に、バイキングネコ由来、フェニキアネコ由来の遺伝子がばらまかれた。
 ↓
アメリカなどでは、植民した国(イギリスやスペインなど)から連れてきたネコが子孫を増やしていったために、地域によって、スペインネコやイギリスネコの遺伝子を持つネコが偏って生息しているとか。(そーいう地道な研究をせっせとやってる学者がたくさんいるようである)
  ↓
ネコ以外にも、マングースやらフェレットやらのネズミの天敵もいたのだが、ネコが一番便利、ということで、ネコの天下が来た。
  ↓
雑食性のイヌとは違って、純然たる肉食系のネコは、全ての必要な栄養素及び水分を、ネズミオンリーで摂取できる上に、ビタミンCを必要としないので、壊血病にならない。
  ↓
この食性が、航海にピッタリ。人間のための貴重な食糧や水を分けてやらなくても、ネズミさえいれば、ネコは元気にやっているのでアル。
  ↓
ナルホド!
そりゃあ、世界中に広まりますよ!

さらに小ネタだが、
ネコがいさえすれば、大切な食糧は守れるので、ある地域では、離婚する時、他の全ての財産は妻に渡し、夫にはネコだけが残される、という習慣まであったそうである。

童話『長靴を履いたネコ』で、どーして3男には、
ネコしかあげないのよー?!
と思ってましたが、
ネコさえいれば、何とか
やっていける、という
事だったんですネ(゚o゚;

いやはや、ネコ、侮るべからず!
可愛いだけじゃなかったんだなー。


 ↑
最初に出たハードカバー版。
現在Amazonでは取り扱いなしだって。


 ↑
Kindle版はこれ。


  ↑
日本語版はコレ。Kindleエディションだけみたい。
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●静岡バッハ練習に、ムッシュ復活!

ほぼ1ヶ月間、静岡遠征をお休みしてらしたムッシュが
昨日火曜日の練習から
お帰りになりました~(≧▽≦)

もっとも、既に私は、
東京と磐田でしごかれ始めを
やりましたけどねー。

で、こないだの磐田レッスンで出来なくてしごかれた
にっくき相手がまた
静岡でも出てきて四苦八苦
してきたところでーす。

●「K」が憎い!

先週土曜日の磐田レッスンで、

くー!
コイツが邪魔だぁっ!

という発音に
ブチ当たった。

いやね、今までも
出て来てた、いつも
見てるヤツなんですけど、
改めて指摘されたら、

くーっ!
出来てないっ!

……みたいな、哀しい自分の現実を知ってしまった……
っつー事なんですヨ。

その憎いヤツというのが、
[K]の発音なワケです。

ドイツ語の曲だと、
それこそあちこちに
出て来る。

土曜日に引っかかったのは、keine(カイネ。「無い」という意味)。

どう引っかかったか?
というと、頭のKが
破裂音なもんだから、

カッ!!

と発音した瞬間に
喉が締まって、
次に来る母音の[a]が
きれいに鳴らない上に、
そこで息の流れが滞ってしまう。

他にも
kleine (クライネ。ご丁寧にも、二重子音で余計難しい)とか、kinder(キンダー)とか、ま、いろいろ
ある。で、これらの[K]が
出てくる度に、ポジションが
狂うのだ。うえーん(ToT)

おかげで個人しごき、
受けちゃったよー。

レッスンの後に、
N本さんとお話してたら、

「Kと思わず、
Qでやるといいかもよ」
というヒントが!

あ、これ、何となくワカル。
実際には英語やドイツ語の
QはKの発音なんだけど、
破裂させないで、どっちかってぇと、フランス語の
鼻に抜けるQueのイメージに
持っていけば、次の母音に
スムーズに入りやすいって
事なんだと思う。

どうもアメリカ英語に
馴れてて、バリバリ
破裂させる音でやってる
から、うまくいかないんだな。ナルホド!

で、家に帰ってから、
フランス人のQ………
を意識して練習したら、
これがツボにはまって、
かなりやりやすい!

やった~(≧▽≦)

………と喜んでいたら、
火曜日の静岡バッハの
練習で、ロ短調ミサの
クレドCredoで
いきなり、つまずく、と。
_| ̄|○

二重子音で、頭が[K]で
次が[R]で、鳴らす母音が
[E]……………タシュケテー(ToT)

おっかしいなぁ。
Crucifixusの頭はそれほど
怖くないんだけどな。

よく見ると、同じように
C→Rの二重子音なんだけど、次に来る母音が[U]なので
助けられてるのかもしれない。

とりあえず火曜日は、
Credoがうまく鳴らせなくて
往生しました。
来週までに直しときます。

だいたいこのCredoって言葉、
英語のcredit(クレジット)の
語源なんだよなー………( ̄。 ̄;)
と、ふと思うと、
うまく発音出来なくなるよーな気が。毎月のカード請求、金額見るのが怖いもんね……。
 ↑
そのせいで苦手意識が?!

●小さい活字が憎い!

今年も新年早々、
いろんな本に溺れて
喜んでいるんですが、
Kindleの大きな活字に
馴れきってノホホンとしてるので、

たまに必要があって
古い専門書なんか引っ張り出すと、小さい活字に打ちのめされる!!!

理系の文献なら、
最新データが載ってる
新しい本を揃えるのが
良いんだろうけど、

文系の方は、
古ければ古いほど
価値がある資料だったりすることも、ままある。

必要に迫られて、

『日本陰陽道史総説』(村山修一著 塙書房)

を読み直してるんですが、
これ、出版が1981年。昭和56年ですねー。

陰陽道を調べるのに、これほど詳しい本はなく、いわば
基本資料なんだけど、

と~も~か~く、
字が小さい!

昔はこんな活字を
ごく普通に読んでたんだよなー。

最近読んでるKindleの
活字と比べると唖然とします。



大著になると、
一冊の紙媒体に収める
ためには、小さい活字を
詰め込むしかなかったんでしょうね。

でも、こんな研究書は
なかなか電子化されないんで、ヒイヒイ言いながら、
小さい活字を読むしかない
んですよね。ヨヨヨ(ToT)

内容は、いちいちメウロコで、めっちゃ面白いんだけどなー。

●電子化が進んで嬉しいこと。

最近気が付いたんですけど、
国会図書館の蔵本がデジタル
アーカイブズとして、
Amazonで安く手に入れられるようになっているんです。

いろんなところで
デジタルアーカイブ化が
進んでますけど、
PCでしか見られないよなぁ、
と思っていたら、
そんな事はなかったのである。
 ↑
まあ、何10冊もあるような、
例えば『本草綱目』みたいなものから目的のブツを探し出すには、PCで見ていく方が便利なんですけど、

お楽しみも兼ねて、
資料読み込みをするには、
Amazonのアーカイブズが
便利。

国会図書館まで行かなくても
いいんだもんね~(≧▽≦)
 ↑
毎週毎週、国会図書館に通って、資料に埋もれて喜んでいる女子大生を私は知っている。
 ↑
はい、うちのチビ・本の虫娘です。これぞ、親の因果が
子に報い、か?

で。

暁斎の百鬼夜行図とかぁ、




 ↑
大好きなぬらりひょん!

雅楽の資料とか、見つけて大喜び中。

『舞楽解説』雅楽講究会
君見ずや出版
国会図書館所蔵本復刻シリーズ





 ↑
この資料、昭和初期のもので、なんと原本は謄写版!

前書きに「謄写版なんで、読みにくくてすみません」なんて、律儀に書いてあって、
イエイエ、とんでもなく
キレイでございます~(≧▽≦)
有り難いです~!

と拝礼しつつ、
せっせとノートを取らせて
いただいております。

一般の人にわかりやすいように、と当時の伊勢神宮内宮の楽人の方々が、真夏の暑い盛りに1ヶ月で仕上げられたものなんですって。





美しすぎる。

活字じゃないんだよー。手書き文字なんだよー(/_;)
小学校の頃、鉄筆で書いて、
わら半紙に刷ったアレですよね。
母の実家を継いでる伯父が
元教師で、今は俳句の
お師匠さんなんだけど、
つい最近まで句会で選に上がった句の一覧を、せっせと
鉄筆で書いてたなー。

手書き文字のこの美しさには、感動すら覚える。昔はこーゆーガリ版切りのプロがおったんだよなー。

難しい字には、丁寧にルビが振ってあるし、図版もたくさん。ほんと、ありがたや。

世の中には、
読むべき本が、
まだまだゴマンとあるんだなー。うん、うん。
もっと勉強せにゃー。

●オマケ



今回、新しいKindleを購入するのに伴って、Kindle正規版だけど、すごく軽いカバーを発見。ものすご、調子よく使っています。

前からあるカバーシリーズは、キレイで丈夫なんだけど、重いもんだから、せっかくKindle本体が軽くなったのに、カバーを付けた途端に
ズシッと………_| ̄|○

軽くてしっかり者のカバーが見つかって、良かった、
良かった。お気に入りのオレンジ色を付け、ご満悦デス。
 ↑
単純。





何せ内蔵容量が4GBもあるので、
マンガ「ちはやふる」を
20巻入れても、
まだ余裕綽々!

ああ、なんて
有り難いんだ!
神様、仏様、Kindle様~(≧▽≦)
 ↑
大げさ。

紙の本の美しい印刷には
負けるけど、
いつでもどこでも、
あの本もこの本も、
すぐ読める、って至福です♡

あー、この世に本が
なかったら、どーやって
生きていくんだろう、私。


●2月に本番2回を控えて

実は既に、待ったなし!
状態に突入しつつある
磐田バッハの初練習が、

2月7日の本番会場、
ルーテル市ヶ谷センターの
ホールで執り行われました~。

昨年11月末の静岡バッハ本番の時に体調を崩され、
12月中は静岡の練習を
お休みされていたマエストロ。

私も風邪引きと仕事で
年内は全く磐田へ伺えなかったので、約1ヵ月余ムッシュのお顔を見ていなかった。

ドキドキ。

思いの外、風邪が長引き、
いつまでも喉の調子が上がらず、練習しなきゃ、と思いつつ、殆ど出来ず。

アセる。アセるけど、
下手に喉使うと、余計荒れる! (/_;)

さすがに、それじゃあマズいだろう!

と、正月明けから、少しずつフォームを整え始めてみたんだけど、昨年作った新しいフォームが、まだ完璧には
身体に定着していないみたいで、苦手な母音や苦手な音程に来ると、狂いが出る。そこで立ち止まって修正すると、何とか出来るんだけど、
まだかなり意識しないと
フォーム、狂う!

何とか1月中に安定させないと!

ドキドキ。

で、基本練習と、基本ストレッチと、基本筋トレを日課にしたところ………間に合うのか?!

ドキドキ。

●てな感じで、ドキドキで市ヶ谷入り。


 ↑
ステージに佇むムッシュの
後ろ姿

久しぶりにお顔を拝見した
マエストロ、ちょっと顔色が悪いかなぁ……。

磐田から車に乗ってきたからお疲れかな? 大丈夫かな?

とドキドキしてたんだけど。

最初のうちこそ、
椅子に座って大人しく
していたが、ちょっと練習が始まったら、あれも、これも、言いたい事が山ほどおありなもんだから、立ち上がって、自分でデモンストレーションで歌うし、重要なところは何度もやらせるし、

で、殆どいつもの調子ー!
(^◇^;)

後でグッタリしてたんじゃないか、と心配だったけど、
意気盛んで、変わらぬお声に
うんとこせホッとしました。

視野狭窄は結局残ってしまい、右目の右側半分位が見えないそうで、ちょうどバスが目に入らない。けど、音はキッチリ入るので、細かく
ご指導が入る。

ソプラノ方面は、しっかり左の視野で見えちゃう上に、
音もキッチリ、チェックされるので、厳しい特訓対象に!
嬉しいよーな、恐ろしいよーな、です。


 ↑
アルトラプソディの練習。
いやぁ、この曲、ホントきれいだわー。バッハのコラールみたいな男声が優しくって良いわ~( ´艸`)そこへアルトソロが乗ると、も、得も言われぬー! ああ、本番が楽しみじゃ!

本日の練習時間は19:15~21:15の2時間のみ。

2時間で、ブラームスの「4つの歌」「アルトラプソディ」「ドイツレクイエム」をやらねばならない。

到底、無理。

で、ちょこっと
さわりのみ。後は個々に
研究しといて下さい、
と放り投げられるー(ToT)

最初にやった「4つの歌」だけは結構時間がとれたんだけど、それでも予定時間オーバーなもんだから、4番はカットするかー、みたいになった。

けど、4番が一番コワい曲なんで、みんなで主張して、
ムリヤリやってもらう、と。

で、アルトラプソディーの時間に食い込む。

で、さらにドイツレクイエムは、殆ど時間がない。

だいたい1曲目のアタマが
一番難しいもんだから、
何度もやってるうちに、
ほぼ21:00に限りなく近づいてしまっていた。

で、合宿でもてんで
やる時間がとれなかった
7番をやってもらわないと
困る! とK子先生がおっしゃり、「あ、そう。じゃ、やっとくか」みたいなノリで7番アタマの特訓が始まる。
 ↑
ソプラノのパートソロで
始まるというアタマの痛い曲。緊張すると大失敗する。
 ↑
過去に別の合唱団本番で
大失敗して、ホントにアタマが
痛かった。悲しい経験の持ち主なんでアル(ToT)

まぁ、東京メンバーズは
皆さん上手いので、1人で
しゃかりきに頑張って、キリキリした声を出す必要はない。

と言うより、1人でも
フォームが整わない音を
出しちゃうと、その人の
音だけが飛び出して聞こえちゃって、全体の響きが
整わない。

調子が出ない時なんか、
ムリヤリ頑張っても、
ちゃんとした響きが作れない。
自分がうまく出来そうもないところは、邪魔にならないよーに、口パクしていた方が余程親切である。

というわけで、
久々の練習で、まだ喉の
調子が上がらないわたくしめは、恐る恐る口パクしたりなんかしてたのですが、後半になって、やっと使える声が出てきたんで、口パクなしになりましたー(^◇^;)

しばらくブラームスの譜面から遠ざかっていたんで、まだまだ1音ずつ作っていかないと、皆さんに追い付けないんですが、何とか方向性は
合ってるよーな感触で、
練習後にマエストロとも
お話し出来たので、ちょっとホッとしました。

●練習で疲れたら、おやつ!




 ↑
足柄SAで見つけた「箱根うり坊」と「しっぺいくん」。可愛いので、練習後のおやつに持参。メンバーの皆さんにウケました! 完売(?)
 ↑
かろうじて「うり坊」1個を
味見用にゲット。

で、K子先生が磐田から運んで下さったミカン1箱。みんなで分けたんだけど、なかなか食べきれず。で、大量にもらってきてしまいました。殆どコタツでミカン……状態の気持ちになり、ホテルのテーブルで4つほどイッキ。
明日は娘に食事をたかられる予定なんで残りは分けてやるべー。



さらに、ホテル近くの
ファミマで、こんなものを発見。


 ↑
缶入りの昆布茶、初めて見た。
疲れた身体には、やっぱりビタミンCと
海藻ミネラルでしょー!
( ´艸`)

●年末にしばらく悩んでいたんですが

えいやっ!
で注文した新しいバージョンのKindle Paperwhiteが元旦の朝、届きました~( ´艸`)

今まで使っていたのは、
娘とお揃いで、
彼女が大学に入った時に
買ったので4年モノ。

娘の方はちゃんと
カバーも付けて
大事に扱っているせいか、
特に問題なく使えているようなんですが、私はカバーが
重い、と外してしまい、
skinsealというのだけ貼って
使っていた。

で、何度かうっかり取り落としたりしたせいでしょうか、
このところ調子が悪く、
何度も再起動をかけなきゃ
動いてくれなかったり。

大人しく読んでるだけなら、
ほとんど問題ないんですが、
どーもwi-fiに繋げて、
新しい本をダウンロードしたり、何かしらいじくろうと
すると、途端にへそを曲げてしまう。

仕事に使える資料も
しこたま仕込んでいるので、
ある日突然使えなくなったら、それこそパニック。

で、新機種を購入してしまいました。

前のは、読むだけなら
問題ないので、青空文庫を
スマホで読んで喜んでる
相方に回してあげよーか、
と思います。

●色合いが違う!

古いのと新しいのを並べて、
同じ明るさに設定して
比較してみましたが、

新しい方はより白い!
とか宣伝されてたんで、
ひょっとしたら私には
眩しいんじゃないの~?!
と、危ぶんでいたんですけど、そんな事ありませんでした。



向かって右が古い方、
左が新しい方で、

比べてみると、
古い方が青っぽく、

新しい方が
よりマットな感じで、
多少黄色味を帯びている
雰囲気。何となく、
紙の本に近づいている
感じ~( ´艸`)

やったネ!

画像解析度もアップ
しているので、
今まで読みにくかった
マンガの中の手書き
キャプションもたいていOK。







マンガを読むには、
Paperwhite端末だとちょっと
画面が小さめで、Kindleなら
Fireがいいとか、タブレットやPCに
Kindleアプリを入れて読む方が、
とも言われるのですが、
私のように目が疲れやすい人間には、バックライトが強い端末は
とても辛くて、長時間読んでられない。Paperwhiteがあって、解像度が
アップしてれば、それに越した事は
ないのでありました。

さらに、アメリカものに
しちゃ、随分親切になったなー、という新機能がありまして、

なんと、最初に
ちゃんとチュートリアルが
付いている!





アメリカものだと、
なーんも説明がなくって、
「見りゃ、わかるだろ!」と
言わんばかりに、何も教えてくれない。

最初に買ったアメリカ版など、使い方やアカウント設定で分からない場合は、アメリカにメールか電話をして来い! そうしたら、相手になってやる!

っていう不親切さ。

親切設計に慣れていて、
親切説明にどっぷり浸かっている我々日本人には、評判が悪かったに違いない。

まぁ、親切説明を付けて
おいた方が、結局は苦情処理も減るだろうし、評判も上がるだろうから、その方が合理的だと思う。アメリカ人は、苦情を言うのを生きがいにしてるんじゃないのか?
みたいな人も結構多いから、
苦情処理に費やす経費は
ハンパないと思うんだけどなー。

一度チュートリアルを作っておけば、ずっと使えるんだから、随分経費節減だよね。

とは言え、古いアメリカものKindleも、まだ使っています。アメリカのアカウントと日本のアカウントを統合する時期を逸してしまって、結局統合出来ません、とメールと電話で言われてしまった(ToT)のだが、ダウンロードした本はまだ読めるし、こっちには読み上げ機能もあるし、辞書を引いている時も、そこに出てきたものだけでなく、advanced researchも出来る(キーボードが出てきて、辞書内の他の単語も自由に引ける)ので、手放せない。

難しい専門用語が出てくる
翻訳の時は、もっぱらこちらでOxfordを利用しています。

●で、年末年始セールという有り難いモノがあった。



『風雲戦国伝 風雲児たち 外伝』
みなもと太郎 作・画

歴史マンガ好きな人は、
きっとよく知ってるモノなんだと思うけれど、私はこのシリーズ、初めて見ました。

あのみなもと太郎さんが
こんなの描いてるんだー、
安いし、いいよね!
(この外伝は年末年始セールで、¥100だったんだけど、結局ポイント100点があるとかで、実質無料配信だった。ラッキー!)

で、ダウンロードしてみたんだけど、ものすごく面白い!

何でも、もう25年もこーゆー歴史マンガを描いてらっしゃるそうで、外伝じゃない方は二十何巻ある様子。元々子供の頃から
お城とか興味があったみたい。

みなもと太郎さんなんで、
ギャグ漫画的な処理をして
うまくまとめているんだけど、

ともかく、もっのすごく
詳しく調べている!
それをまた、小気味よく
調理していて、思わず
うまいなぁ、と舌を巻いちゃった。

つい夢中になって、
読み通してしまい、
先程、読了。
大谷刑部の話が良かったわ~。

歴史は好きだけど、
専門家ではないので、
ごくごく一般的な知識
しかないという私のよーな
読者のために、
ものすごく分かりやすく
まとめてくれている。
その上に、こういう説も
あるけど、今回採用したのは
こちら、と説明があって、
あくまでも親切設計。

古文書や古絵巻も
適宜解説して
描いてくれてるのも
嬉しい。

いやぁ、正月早々
良いものに巡り会っちゃいました。

そー言えば、夜中に
隣の神社に詣でた時は
寒くて甘酒飲んで
すぐ帰ってきてしまったので、おみくじを引きませんでしたが、

年賀状におみくじシールを
付けてきてくれたものがあり、めくってみたら、大吉!





ふふふ、今日ウォーキング
してたら、ものすごく
良いお顔の布袋さんにも
お会い出来たし、
これは新年早々、縁起が
いいのかもね。



思わず布袋さんを
飾り立てて、
Facebookの壁紙に
仕立てたお調子者は
わたくしです。



今年も、既に続々と
歌の予定が詰め掛けていたりして、そろそろ練習しないと
間に合わなかったりするんですが、元旦からウキウキが
始まると、1年間良い事が
ありそうな気がしますよね!

よっしゃ、今年も
ガンバるぞー!


 ↑
オマケ。
うちの水仙が咲いていた。


●なんとか年賀状を出しました~(≧▽≦)

毎年のことながら、
我ながらイヤになるが、
手書きまくり。

宛名も手書きにしないと
ミョーに落ち着かないので、
やっぱり今年も手書き。
一度印字でやってみたけど、
どーしても落ち着かない。

まあ、たかが130枚位なんで、
ペンダコが痛くなるが、
やれば、なんとかなる!
で書きました~。

以前は父の分の宛名書きが
300枚くらいあったので、
それを思えば楽勝ペースで、

宛名書きだけは、
東京から帰ってきた日に
出来ました。

ああ、世の中の人は
みんなコレ、ほとんど印字
してるのよねー。
遅れてるのかなぁ……( ̄。 ̄;)
と、ふと思うんだけど、

あの宛名印字をちーたら
ちーたら、プリンターが
やってるのを脇で待って、
次の紙を給紙してやるっつー、お世話をするのが、
ものすごぉく苦手!

そんなの待ってる間に
自分で書いた方が早いっ!
という気持ちになってしまう。イラチである。
  ↑
関西で言うところの短気でアル。

プリンターの調子が
悪い日なんて、
イライライライラチである。

たいがい宛名を印字
する場合、ある時期に
シャカリキになって、
全ての宛先リストを
パソコンに入力する必要があるわけだけど、一旦リストが
出来てしまったら、その先
何年も、よほどの事がない限り、1つ1つの住所や、
相手の名前の漢字など、
確認することがない。
だから、最初のリスト作りは
かなり慎重にやらないといけない。んが、
得てして大量入力で
疲れてるもんだから、
うっかり変換ミスがあっても
気づかずに数年経ってしまう。

で、毎年気が付かないままに、間違った表記を堂々と送り付けてしまったりする。

これがどーも怖い。

自分の入力能力など、
たかが知れているので、
絶対カンペキに出来るとは、
到底思えない。(つーか、
間違って入力した事に
気づかず、ノホホンとしていそうで怖い)

というわけで、また今年も
手書き三昧。

毎年繰り返し人の住所を
書いているんだけど、
手書きの方が圧倒的に
それらの地名に親しみを
覚える。そこがどんな土地なのか、どんな風にその人は暮らしているのか、想像する。

今じゃ、Googleマップで、
実際にどういう家に住んでるかまで、見ようと思えば簡単に見られちゃうんですけどもさ。

それとはまた別の、
心の地図みたいなものが、
いろんな地名を自分で
書くたびに立ち上がってくる
ような気がする。

父の代理で書いてた地名に「瓦葺」というのがあって、字の形が取りにくくて毎年難儀してたおかげで、この地名は印象深かった。

お相手は、父の中学の同級生の方。在学中は互いに交流がなかったのだけれど、互いに引退年齢になった頃、ひょんな事から出くわし、以後大変親しくなった。

かなり離れた県にお住まいなので、2人は文通友達になり、互いにおもしろがって交際し続け、通算200通くらい手紙が行き交っていたそうである。

父が亡くなった後、その「瓦葺」の方が、遠方からはるばるお詣りに来て下さり、私と意気投合し、今度は私が文通友達に。今では、たまにこのおじ様のご機嫌伺いに、「瓦葺」と書いて手紙を出しています。

●年末だけど、例によってお一人様で平常運転

娘が東京の大学に行き、
相方の実家の離れに
住まいを移した後、
東京の義母の介護方々
相方も頻繁に実家に行くようになり、横着な娘は、
すぐ学校が始まるから、と
正月も帰らず、それなら
義母も一緒にお正月を
祝えばいいべ、という
事で、ここ数年、地元待機組は私だけ、後の人々は
東京、というパターンが定着しています。

従って、なーんも
お正月準備をせず、
もちろんお節も作らず、
ごくごく平常運転である。
 ↑
ま、例年この時期は
校正で死んでる事が多い。

今年は幸いにして、
地獄の校正週間にはならず、
ゆったり構えられるので、
好きなものを書き、
好きなものを読み、
はー、極楽、極楽……というところ。


 ↑
平常運転ごはん。

●で、本を読みまくり。


 ↑
今お気に入りの講談社ブルーバックス『図解 感覚器の進化』(岩堀修明著)。
ここんとこ、ハマってて、大喜びして読んでいたら、あっという間に最後の章に入ってしまい、
あああ、終わっちゃうー。
もったいないー!
の気持ち。

この本は、先日こーらちゃんと美味しくとろろ御膳を
食べてた時に教えてもらったもので、「Kindleではなかったと思うよー。読んだら貸してあげる」と言われてたんだけど、どーしてもすぐ読みたくなって、Kindleで検索してみたら、うまい具合に電子化されてて、それっ! てんで、読み出した。

人体組織の仕組みを解説した本はたくさんあるけど、この本みたいに、原生生物からの各組織の発達を分かりやすく教えてくれる本には、今まで出会ってなかったので、ついホクホク。

「視覚器」の章なんか、初っ端に「最初の「眼」が見たもの」という項目がある。

要するに、原生生物に、最初に外界を「見る」ためのメカニズムが出来た時、それは世界をどう認識したのか?
という話で、このタイトル見ただけで、「光あれ!」と神様が言った時のシーンを想像しちゃいましたよ。光あれ!になっても、当初は物の形を認識する機能はなくて、明るさと暗さが分かる程度のものから始まってるんですがね。その辺の発達史がおもしろくて、いちいち「へーへー、ほー、なるほど、そーいうことだったんですか!」と1人で大騒ぎ。

ちなみにこの「視覚器」の章扉のところにも、萌え(?)のキャプションが付いている。

曰わく、

「眼」は無脊椎動物では皮膚から作られる。脊椎動物では脳から作られる。

ほらぁ、これだけ読んでも、
「え? 違うの? どーやって出来てるの?」

と、先を読みたくなっちゃうでしょー。

ちなみに同じシリーズで、
『図解 内臓の進化』もある。もちろん、既に購入済み。

さらに、『人体 失敗の進化史』(遠藤秀紀著 光文社新書)というのまで見つけてしまった。三冊続けて楽しませてもらおう、というコンタンである。

●でも、家の中にも読まなきゃいけないモノが結構あるんだなー。



本棚をちょっと整理すると、
出るわ、出るわ、いろんなモノが「早く読めー!」と飛び出してくる。

その中で、
「あ、これは最近古代文学に興味あるから、読んでおいた方がいいかなー」と引っ張り出したモノが、コレ。



『ことばの古代生活誌』(古橋信孝編 河出書房新社)

だいぶ以前に荻窪の古本屋さんで、500円で見つけたもの。
今Amazonで手に入るのかな~? と思って調べてみたら、なんと、コレクターアイテムになっていて、7400円くらいの値が付いていた! ひょえー!

古代の研究をするためには、
古代人の世界を、現代人の視点で鳥瞰してもダメで、まず古代人の世界観の中で、1つ1つの要素を読み解いていかなければならない………というのが研究のテーマ。

「はじめに」のところに、

「古代の文献は、ことばの意味は普遍的であるという暗黙の了解を根拠にして読まれてきた。その了解は、人間はたいして変わらないという認識によっている。たとえば走る、食べる、思うなど、人間の基本的な動作は変わらないというように。しかし古代では、走るは、なにかに迫られて激しく必死に動くことで、いわば霊威の発揮されている状態だし、食べるは、霊威あるものを体内に入れて自己の魂を活性化する行為であり、思うは、現実に見えないものを見ることのできる不可思議な行為だった。」

ここを読んだだけで、
激しくメウロコ状態です。

今読んでるところは、
「里」と「村」という言葉の使い分けについて書かれている。

両方とも、集落を表す言葉なんだけど、「村」が「群れる」から来ている言葉で、現実的な意味で、群れていた方が安全だから、集まって住むようになった、群れることで安心し、そこに何かしらの呪力的パワーがある、として出来た言葉なんだそう。

「里」の方は、「サ」は、神の霊威が満ちている意を表す語、「ト」は所。つまり、自分たちの父祖である神が、さすらった挙げ句、この地を特に選んで集落を作った、という意味合いで、神の選んだ神聖な土地、といった感じ。

「里」の方が神話的であり、そのため「里」は雅語、詩語、歌語になったのだとか。「万葉集」の歌には、「村」という字は全く登場せず、全て「里」なんだって。(詞書きには「村」もあるそうだが、歌では皆無)

特に恋人の住むところは、
「村」ではなく、「里」と表現される。どうしてか?
というと、

「恋人とは、理屈を超えて魅きつけられてしまうもの、日常を超えてしまう存在だから、神の側にある。そのような恋人の住む場所を里といっている。(中略)忘れようとしてどうしても忘れることのできないほど魅きつける力を里がもっているのである。」

これに対して「村」は、
「風土記」にはたくさん出てくるんだそうです。

古代の土地制度は、「郷里制」と言われるんで、その土地その土地の様子を表すのに「里」の字を使いそうなものなのに、こちらではもっぱら「村」と書かれている。やっぱり現実的な行政単位としては、「村」らしい。

なるほどー。

だから、今は離れてしまった、心の中に懐かしく思う場所は、「ふる里」になり、決して「ふる村」にならないのね。

………とまあ、ランダムに読んで、あっちこっちで、
「なるほどー!」と、
1人トリヴィアして楽しむ晦日前。

やっぱり、何はなくとも、
本さえあれば………というのが
私の基本スタンスであるらしいな。

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