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三好達治の「鴎」のこと
●木下牧子の曲として
大変親しまれている合唱曲で、
我がソーニョでも練習しているのですが、
先日の練習の時(そして恒例の
練習終了後の呑み会でも)、
この詩はどういうことを謳っているのか、というので、みんなで
ああだこうだ、言ってたんですが。
今日調べてみました。
●まず「測量船」ありき
「鴎」では、空に浮かぶ鴎たちの姿が美しく描かれているわけですが、
鴎に「自由のスピリッツ」あるいは
「魂」の姿を見る……という三好の思いは、
第一詩集「測量船」の冒頭「春の岬」に既に現れているそうです。
「春の岬 旅のをはりの鴎どり
浮きつつ遠くなりにけるかも」
これは、教科書にも載っていたことのある有名なものだそうで、
研究者によると、
若山牧水の
「白鳥は悲しからずや
空の青海の青にも染まずただよふ」
の本歌取りになっているんだ
そうです。
短歌と現代詩の狭間で、
そのどちらにも惹かれながら
葛藤し、どちらにも拘泥せず、
自らの詩境を切り開いていこうとした三好の思いが、牧水の歌を原点として出発しているのではないか、みたいな事が書いてありました。
魂の姿を白い鳥に例える、
というので思い出したのは、
ヤマトタケルノミコトが
亡くなったシーン。
ヤマトタケルの魂が死んで
白い鳥になって飛び去っていった……
というのがありましたよね。
哀しくも美しいシーンとして
記憶に残っています。
●「鴎」は昭和21年生まれ
「ついに自由は彼らのものだ
彼ら空で恋をして
雲を彼らの臥所とする
ついに自由は彼らのものだ
太陽を東の壁にかけ
海が夜明けの食堂だ
ついに自由は彼らのものだ
ついに自由は彼らのものだ
彼ら自身が彼らの故郷
彼ら自身が彼らの墳墓
ついに自由は彼らのものだ
太陽を西の窓にかけ
海が日暮れの舞踏室だ
ついに自由は彼らのものだ
ついに自由は彼らのものだ
ひとつの星を住みかとし
ひとつの言葉で事足りる
ついに自由は彼らのものだ
朝焼けを明日の歌とし
夕焼けを夕べの歌とす
ついに自由は彼らのものだ」
「鴎」の詩全編です。
この詩は、終戦直後の昭和21年に発刊された詩集「砂の砦」に収録されたものだそうです。
終戦を迎え、ついに長い戦争から解放された、という思いが込められているのでしょうか。「砂の砦」というタイトルも深いですね。
「鴎」を歌っていらっしゃる合唱人のブログに、いくつか解説がありまして、その中にこういう話が載っていました。
三好は戦時中、家族を養うため職業詩人として戦争賛美、戦意高揚の詩を書いていたそうです。(そのため戦後、批判の対象になったのですね)
でも、素朴に神国日本を信じていたとか、そういうわけではないようです。
旧制高校の学徒出陣前に、著名人を招いて講演会を開き、これをはなむけとする、という催しがあったそうで、三好も講師として招かれました。
三好は、「なぜ君たちのような若者が戦場に行かなければならないのか」と言って号泣し、しばらく話すことが出来なかった、と伝えられています。
鴎の白い姿は、旧制高校生が夏に着た真っ白な夏服(白ランと言うそうです)を指しているのではないか、という指摘もありました。
こうして見ると、私には、
「鴎」は、若者の魂の象徴のように思えます。
学徒として動員され、ついに
戦場に散っていった
無数の若者たち。
戦死することによってしか、
自らの運命から逃れられなかった若者たち。
洋上に舞う白い鴎たちの姿に
三好は、若者たちの魂を見たのだと思います。
●おまけの「ついに」
練習中、印象的な滑り出しを飾る
「ついに」という言葉を、どう表現すればいいのか、という話になり、
指揮者様が、英語なら、
at last
finallyか、
あるいはeventuallyだろうか、
というお話をなさり、私は
うろ覚えながら、何となく
eventuallyだとニュアンスが違うんじゃないでしょうか、みたいな事を
申し上げまして。
で、家に帰ってから
Merriam-Websterで調べ直してみました。
eventuallyは、同義語に
sooner or laterがありましたんで、どうやら「遅かれ早かれ」「結局のところは」みたいな言葉のようで、例文でも、
「いろいろすったもんだしたが、結局この計画は頓挫した」みたいなのが出てましたんで、
「終わりよければ全てよし」的なニュアンスはなく、なんか、否定的なニュアンスで終わりを迎えた……という時によく使われる言葉のようでした。
私はat lastとくると、「やった、ついに! ほっとした~」みたいなイメージで、それほどネガティブなイメージでは使わないです。私の中では、「鴎」冒頭の「ついに」はat lastで歌いたいかなぁ、と思います。
鴎を戦死した若者たちの象徴と考えると、戦争に追いやられて、死んでしまった……というネガティブなイメージもあるかとは思うんですけど、三好自身の鴎の姿に対する美しい称揚、さらにキノマキさんの選んだ音形、を鑑みると、決して否定的に彼らの死を捉えてはいないように思います。
彼らの魂は、
ヤマトタケルのように
白い翼を翻して今も洋上に
在るのかもしれません。
「ひとつの星を住みかとし
ひとつの言葉で事足りる」
世界がそのようになれたら
どんなにいいでしょう。
「戦争」という言葉は
私たちの魂には
不要な言葉なのではないでしょうか。
大変親しまれている合唱曲で、
我がソーニョでも練習しているのですが、
先日の練習の時(そして恒例の
練習終了後の呑み会でも)、
この詩はどういうことを謳っているのか、というので、みんなで
ああだこうだ、言ってたんですが。
今日調べてみました。
●まず「測量船」ありき
「鴎」では、空に浮かぶ鴎たちの姿が美しく描かれているわけですが、
鴎に「自由のスピリッツ」あるいは
「魂」の姿を見る……という三好の思いは、
第一詩集「測量船」の冒頭「春の岬」に既に現れているそうです。
「春の岬 旅のをはりの鴎どり
浮きつつ遠くなりにけるかも」
これは、教科書にも載っていたことのある有名なものだそうで、
研究者によると、
若山牧水の
「白鳥は悲しからずや
空の青海の青にも染まずただよふ」
の本歌取りになっているんだ
そうです。
短歌と現代詩の狭間で、
そのどちらにも惹かれながら
葛藤し、どちらにも拘泥せず、
自らの詩境を切り開いていこうとした三好の思いが、牧水の歌を原点として出発しているのではないか、みたいな事が書いてありました。
魂の姿を白い鳥に例える、
というので思い出したのは、
ヤマトタケルノミコトが
亡くなったシーン。
ヤマトタケルの魂が死んで
白い鳥になって飛び去っていった……
というのがありましたよね。
哀しくも美しいシーンとして
記憶に残っています。
●「鴎」は昭和21年生まれ
「ついに自由は彼らのものだ
彼ら空で恋をして
雲を彼らの臥所とする
ついに自由は彼らのものだ
太陽を東の壁にかけ
海が夜明けの食堂だ
ついに自由は彼らのものだ
ついに自由は彼らのものだ
彼ら自身が彼らの故郷
彼ら自身が彼らの墳墓
ついに自由は彼らのものだ
太陽を西の窓にかけ
海が日暮れの舞踏室だ
ついに自由は彼らのものだ
ついに自由は彼らのものだ
ひとつの星を住みかとし
ひとつの言葉で事足りる
ついに自由は彼らのものだ
朝焼けを明日の歌とし
夕焼けを夕べの歌とす
ついに自由は彼らのものだ」
「鴎」の詩全編です。
この詩は、終戦直後の昭和21年に発刊された詩集「砂の砦」に収録されたものだそうです。
終戦を迎え、ついに長い戦争から解放された、という思いが込められているのでしょうか。「砂の砦」というタイトルも深いですね。
「鴎」を歌っていらっしゃる合唱人のブログに、いくつか解説がありまして、その中にこういう話が載っていました。
三好は戦時中、家族を養うため職業詩人として戦争賛美、戦意高揚の詩を書いていたそうです。(そのため戦後、批判の対象になったのですね)
でも、素朴に神国日本を信じていたとか、そういうわけではないようです。
旧制高校の学徒出陣前に、著名人を招いて講演会を開き、これをはなむけとする、という催しがあったそうで、三好も講師として招かれました。
三好は、「なぜ君たちのような若者が戦場に行かなければならないのか」と言って号泣し、しばらく話すことが出来なかった、と伝えられています。
鴎の白い姿は、旧制高校生が夏に着た真っ白な夏服(白ランと言うそうです)を指しているのではないか、という指摘もありました。
こうして見ると、私には、
「鴎」は、若者の魂の象徴のように思えます。
学徒として動員され、ついに
戦場に散っていった
無数の若者たち。
戦死することによってしか、
自らの運命から逃れられなかった若者たち。
洋上に舞う白い鴎たちの姿に
三好は、若者たちの魂を見たのだと思います。
●おまけの「ついに」
練習中、印象的な滑り出しを飾る
「ついに」という言葉を、どう表現すればいいのか、という話になり、
指揮者様が、英語なら、
at last
finallyか、
あるいはeventuallyだろうか、
というお話をなさり、私は
うろ覚えながら、何となく
eventuallyだとニュアンスが違うんじゃないでしょうか、みたいな事を
申し上げまして。
で、家に帰ってから
Merriam-Websterで調べ直してみました。
eventuallyは、同義語に
sooner or laterがありましたんで、どうやら「遅かれ早かれ」「結局のところは」みたいな言葉のようで、例文でも、
「いろいろすったもんだしたが、結局この計画は頓挫した」みたいなのが出てましたんで、
「終わりよければ全てよし」的なニュアンスはなく、なんか、否定的なニュアンスで終わりを迎えた……という時によく使われる言葉のようでした。
私はat lastとくると、「やった、ついに! ほっとした~」みたいなイメージで、それほどネガティブなイメージでは使わないです。私の中では、「鴎」冒頭の「ついに」はat lastで歌いたいかなぁ、と思います。
鴎を戦死した若者たちの象徴と考えると、戦争に追いやられて、死んでしまった……というネガティブなイメージもあるかとは思うんですけど、三好自身の鴎の姿に対する美しい称揚、さらにキノマキさんの選んだ音形、を鑑みると、決して否定的に彼らの死を捉えてはいないように思います。
彼らの魂は、
ヤマトタケルのように
白い翼を翻して今も洋上に
在るのかもしれません。
「ひとつの星を住みかとし
ひとつの言葉で事足りる」
世界がそのようになれたら
どんなにいいでしょう。
「戦争」という言葉は
私たちの魂には
不要な言葉なのではないでしょうか。
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