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合唱のこと、英語のこと、本のこと、友達のこと、仕事のこと・・・とりあえず、ダラダラ続ける日記です。

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吉祥寺で「桜の園」を観てきました♪
●ココさんご出演の舞台を鑑賞

吉祥寺にある前進座で、「座シェイクスピア」の公演
『桜の園』を見てきました。

前進座で募集しているものなのかなぁ?
と勝手に思っていたのですが、

「座・シェイクスピアは、今回はたまたま前進座での公演でしたが、例年は
青山の草月ホールで行っています。
前進座が募集しているわけではなくて、演劇倶楽部『座』という劇団がやっている
通年ワークショップです」

とのこと。(*昨夜ココさんからメールでご説明
がありましたので、貼付して訂正しておきまぁす!)

ソーノの先輩ココさんが入っていらして、
昨年の忘年会二次会(お酒を飲む場所がなくって、
新宿でガマさんご推薦の喫茶店でコーヒーとケーキ
をいただいた)の時お誘いを受け、昨日は
高速バスに乗り、勇んで吉祥寺に行ってまいりました!

●実は演劇はほとんど観る機会がない・・・

鑑賞ど素人状態なんで、チェーホフなんて
分かるのだろーか!?
と、にわかに不安になり、
前夜インターネットであらすじ紹介を探して
一応予習。

ブリタニカに簡単にまとめたものがありましたので、
ご紹介。

「ロシアの作家A.チェーホフの戯曲。4幕。(昨日のは
2幕構成にしてありました)1903年執筆、04年モスクワ
芸術座初演。作者の四大戯曲の一つ。
はなやかな昔の夢におぼれ、現実をみつめようとしない、
崩壊する貴族階級の女地主ラネーフスカヤ夫人一家と、
彼らの領地「桜の園」を買い取る農奴上がりの新興成金
ロパーヒンの姿に、交代する新旧2つの勢力を描き、
古い家、生活を捨て、大学生トロフィーモフと手をたずさえ、
新しい生活に飛び込んで行く夫人の娘アーニャに未来を
託している。日本では15年初演。」


だそうです。ちなみにココさんの役どころは、
夫人の養女のワーリャ。しっかり者で、頼りに
ならない家の人々を叱咤しつつ、なんとか
この苦境を乗り切らねば・・・と頑張る女性。
ロパーヒンを憎からず思っており、ロパーヒンも
また彼女に好意を持っているのですが、なかなか
煮え切らず、結局二人は周りのお膳立てにも
かかわらず、プロポーズに至らず別れて
しまいます。

●2幕構成の舞台、全く長く感じられなかった

ロシアの物語は、まず名前が難しくて、
なかなか覚えられない。ちゃんとお話に
ついていけるのかなぁ・・・と、正直ちょっと
開演前は不安でした。

ですが、そんな心配は、幕が上がった瞬間に、
出演者皆さんの熱演で、さらり、と打ち消されてしまいました。

それぞれの個性が、舞台上でいきいきと
動き、話し、その輝きにすぐに引き込まれてしまい、
なんか、あっという間に2時間以上経ってましたぁ!

最初にココさんが出てきた時は、
「あ、ココさんが出てきた~」とか
思ったんですが、物語が進むにつれ、
すっかりワーリャその人が動き、しゃべっている
ように思い込んでしまいました。

大学生トロフィーモフを怒鳴りつけたり、
ロパーヒンに意を決して、接吻を求めるシーンなど、
見どころ満載でおもしろかったですが、
ともかく、何気なく立っている立ち姿が、
ワーニャでした。もう、ワーリャと聞いたら、
コレだ!っていうイメージが出来てしまった・・・。

それにしても、このメンバーさんたち、
とても皆さん若々しくて、口跡が美しくって、びっくりでした。

50歳以上・・・だよね?
そういう資格で入れるんだよね?
・・・と、プログラムを休み時間にひっくり返して
首をひねってしまいました。

70代の男の方もいらっしゃいましたが、
劇場中に響く美しい声に、うわぁ、でした。
舞台挨拶に出て来られた演出の方はじめ、
プログラムを配ったり、案内係をなさっている
方々も、たぶん座付きの役者さんたちなんでしょう。
ドキっとするくらい、いい声の方ばかりでした~。

●感想・・・らしきもの

舞台の中で印象に残ったのは、
ラネーフスカヤ夫人が大学生トロフィーモフと
二人きりで話すシーン。理想主義に燃えるトロフィーモフには、
まだ本当の人生の答えは見えていない、
と夫人が涙するところ。

若者にとっては、理想に合わない不合理な感情や、
過酷な現実から逃れられない人の弱さは、
切り捨てられるべきものかもしれないけれど、
誰もがそんな風に強く生きられるわけではない。
立派な生き方じゃないけれど、それでもどうしても
自分はこうとしか生きられないのだ、と、かきくどく姿が
胸に残りました。

また、一番最後に、取り残された老召使いフイルスが、
「ろくでなしだぁ・・・」と、誰に言うともなく叫び、
それなり死んでしまう、というラストシーンも、
印象的でした。

人間は、みんな「ろくでなし」で生きてるのかもしれませんね。
誰もが、それぞれの生きグセのようなものを抱えていて、
はたから見れば(たぶん神様の目線で見れば)、
もっとうまいやり方があるだろうに、
もっとごまかさない生き方があるだろうに、
もっと素直な生き方があるだろうに、
と言いたくなるような、ろくでもない生き方をして
しまっているのかもしれません。
この舞台に登場する群像は、誰一人としてカンペキな
聖人君子ではなくて、見ていて歯痒いような人々なのですが、
だからこそ、非常なリアリティーがあるような気がします。

若い頃、理想に燃えていた大学生が、
年老いた時、その理想をすべて実現できているか?
というと、そうはならないのだろうな・・・とつい予感して
しまいます。

それは多分、自分自身も、そうやって理想的じゃないけど、
ナンとかやってる年老いた自分になっている・・・という
自覚があるからなんじゃないかな。

それは多分、若い頃に抱いた理想の自分というのは、
実は半分以上が絵に描いたモチであることを
今は知ってしまっているからだし、

だからと言って、それで絶望しているか、と言うと、
「まあ、いいか。やれるだけやれば」と開き直れる
余裕もあったりする。

人間というものは、ひどく多面的なものだ。
青臭い理想もどこかに隠し持っていながら、
一方では現実と適当に折り合いをつける術を覚えていく。
だが、その裏では、折り合いをつけてしまう自分に
嫌気がさしていたりする。
愚かな思い込みや、淡いあこがれや、喜びや挫折や、
それら全てを常に内包している。
だからこそ、
とても、愛しい。

いや、私にとっては、

とてつもなく、愛おしい。

そういう存在をこそ、書きたい、と私は思う。

チェーホフも、人間が好きだったんじゃないかな。
だから、いろんな群像の中に、人間のいろんな
顔を描いているんじゃないのかな。

とても良い刺激になりました。
ココさん、皆様、素晴らしい舞台をどうも有難うございました。
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