×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
●13日に行われた東京都男声合唱フェスティバルの
人気投票結果が出ました~♪
http://www.jcanet.or.jp/tokyo/male/popularity_vote.html
1位・・・1組(プログラムによると、人数4名だって! すごい!)
2位・・・1組(東北大OB.ここはいつも強いネ!)
3位・・・4組(松下耕先生のEnsemble Pleiadeはここに入ってる)
7位(3位が4組いるので、その下ってことで7位。実質は4位だよね!)
・・・・・・5組。
で、この7位に我等がころぼっくるが入りました~!
やった~! 出場団体は、今回52組。で、各団体の代表が
1票ずつ入れる、という形なんで、1位でも8票、2位5票、
3位4票、7位3票、という得点結果。
よかった、よかった~♪
M高さんがメールで、
「得票 ÷ 練習時間 では1位でしょう!」
とコメントされていましたが、確かにそうかも
知れませんネ!
指揮者様から、再三に渡り、自習を頑張って、という
ゲキが飛んでましたが、皆様自宅学習がすごかった
んだと思います。何せ、ほとんど全員が集まれるのは
当日だけという団体ですからね。
静岡は今回3名参加だったので、3人で集まって2回ほど
練習できましたが、日常の練習は、やはりY代さんが
作って下さった練習用音源と参考音源が大活躍でした。
あれがなかったら、中間部分の早いトコ、最後まで
うまく出来たかどーか・・・いつも、本当にお世話に
なります! 助かります!
例年、どうしても、瞬間芸というか、この時とばかり
フルパワーでステージに立ってしまうので、
なかなかコントロールのきいた演奏が出来ない、と
指揮者様がおっしゃっていましたが、今年はきめ細かな
ご指示の数々を、みんなで実現しよう、と頑張れた
ような。皆さんと名曲を歌えて、ほんと、楽しかったデス。
練習中の下バスのGが続くところ、
素晴らしくきれいでしたよねぇ・・・。
T1全員、聞き惚れ状態でした。
あの地鳴りのような響きの世界に浸っていると、
「おらしょ」の世界が見えてくる感じ。
●日本語とラテン語
この曲は、隠れキリシタンの祈りの言葉である
「おらしょ」がモチーフなんですが、その途中で
ラテン語の典礼文にチェンジして、グレゴリオ聖歌の
世界に入るところがたびたび出て来る。
この日本語と、ラテン語の発声の違い、また
それによって表現しようとしている世界の違いを
「意識」して表現する、というのを教えていただき、
眼からうろこでした。
確かに、その違いを「意識」して、発音・発声も
変えるようにしていくと、見えてくる世界が違ってくるような。
おらしょの言葉を唱えている時は、隠れきりしたんが
こっそり集まって礼拝している小暗い洞窟が見えるような。
そしてまた、ラテン語の聖歌が鳴ると、
輝かしいドーム型天井や、美しいステンドグラスが
見えるような。
そうか~。こういう対比を千原さんは音で表して
ほしいんだなぁ・・・と、改めて感動しました。
違いを「意識」し、それを表現しようと「意識」する
というのは、大変重要な事だ、と坪井先生もよく
おっしゃいますが、本当にそうですね。
能動的に「意識」することで、表現力の幅は
劇的に変化するような気がしました。
またいろいろ勉強できて、嬉しかった~。
ただ、普段使わないレンジのところで歌うせいか、
思った以上に後で疲れが出ちゃいました。
打上げの後、なかなか酔いが抜けなくて往生しました。
おかしいなぁ。弱くなったのかなぁ・・・
とか思っているうちに、眠くて眠くて。
とりあえず爆睡しときました。
以前ころぼっくるに参加させていただいた時は、
初めてテナー音域の声を作ったので、胸音が多かった
んですが、今回は頭音が使えるようになって、
ものすご嬉しかった。ま、パワーはてんでないので、
聞こえていないとは思いますが、本人的には大満足。
あ、あと、高いところで音程が下がっちゃうところ、
指揮者様が
「15センチ上を狙え」とか、
「3ヘルツ上を出そう」とおっしゃっていたのが、
「ナルホド、なっとく」のイメージで、参考になりました。
譜面に「15センチ上」とか「3ヘルツ」とか書いて
喜んでいたのは私です。
●良い結果が出てはずみになりました!
次の本番(12月16日及び1月29日)に向けて、
どんどこ暗譜をしなくちゃいけないんですが、
まだほとんど手つかず。
いかん、いかん。
12月16日のは、フライヤー用の文章も作らなくちゃ
いけない。
めんどーだけど、パソコン開いてやるか~・・・と
渋々机に向かったら、嬉しい結果発表のお知らせを
発見した。
気持ちにはずみがつきました!
頑張らねば!
今年は混声でソーノOBOGグループ「ソーニョ」でも
初ステージを踏め、ほんとにほんとに、楽しかった!
(が、うっかり、ブログに書くのを忘れてしまった)
12月はまた拡大同期会でハモる会と食べる会があるし、
歌い続けていくことで、大きな喜びが与えられています。
まあこの年になると、年々肉体的な衰えを実感するわけですが、
各地の合唱祭を拝見すると、70、80、当たり前で、
それはもう佳いお顔で、楽しげに、伸びのある声で
歌ってらっしゃる数多くの先達たちのお姿に出会います。
まだまだひよっこだぁ・・・と自覚も新たに、
さらに頑張っていかにゃあ~~~!
人気投票結果が出ました~♪
http://www.jcanet.or.jp/tokyo/male/popularity_vote.html
1位・・・1組(プログラムによると、人数4名だって! すごい!)
2位・・・1組(東北大OB.ここはいつも強いネ!)
3位・・・4組(松下耕先生のEnsemble Pleiadeはここに入ってる)
7位(3位が4組いるので、その下ってことで7位。実質は4位だよね!)
・・・・・・5組。
で、この7位に我等がころぼっくるが入りました~!
やった~! 出場団体は、今回52組。で、各団体の代表が
1票ずつ入れる、という形なんで、1位でも8票、2位5票、
3位4票、7位3票、という得点結果。
よかった、よかった~♪
M高さんがメールで、
「得票 ÷ 練習時間 では1位でしょう!」
とコメントされていましたが、確かにそうかも
知れませんネ!
指揮者様から、再三に渡り、自習を頑張って、という
ゲキが飛んでましたが、皆様自宅学習がすごかった
んだと思います。何せ、ほとんど全員が集まれるのは
当日だけという団体ですからね。
静岡は今回3名参加だったので、3人で集まって2回ほど
練習できましたが、日常の練習は、やはりY代さんが
作って下さった練習用音源と参考音源が大活躍でした。
あれがなかったら、中間部分の早いトコ、最後まで
うまく出来たかどーか・・・いつも、本当にお世話に
なります! 助かります!
例年、どうしても、瞬間芸というか、この時とばかり
フルパワーでステージに立ってしまうので、
なかなかコントロールのきいた演奏が出来ない、と
指揮者様がおっしゃっていましたが、今年はきめ細かな
ご指示の数々を、みんなで実現しよう、と頑張れた
ような。皆さんと名曲を歌えて、ほんと、楽しかったデス。
練習中の下バスのGが続くところ、
素晴らしくきれいでしたよねぇ・・・。
T1全員、聞き惚れ状態でした。
あの地鳴りのような響きの世界に浸っていると、
「おらしょ」の世界が見えてくる感じ。
●日本語とラテン語
この曲は、隠れキリシタンの祈りの言葉である
「おらしょ」がモチーフなんですが、その途中で
ラテン語の典礼文にチェンジして、グレゴリオ聖歌の
世界に入るところがたびたび出て来る。
この日本語と、ラテン語の発声の違い、また
それによって表現しようとしている世界の違いを
「意識」して表現する、というのを教えていただき、
眼からうろこでした。
確かに、その違いを「意識」して、発音・発声も
変えるようにしていくと、見えてくる世界が違ってくるような。
おらしょの言葉を唱えている時は、隠れきりしたんが
こっそり集まって礼拝している小暗い洞窟が見えるような。
そしてまた、ラテン語の聖歌が鳴ると、
輝かしいドーム型天井や、美しいステンドグラスが
見えるような。
そうか~。こういう対比を千原さんは音で表して
ほしいんだなぁ・・・と、改めて感動しました。
違いを「意識」し、それを表現しようと「意識」する
というのは、大変重要な事だ、と坪井先生もよく
おっしゃいますが、本当にそうですね。
能動的に「意識」することで、表現力の幅は
劇的に変化するような気がしました。
またいろいろ勉強できて、嬉しかった~。
ただ、普段使わないレンジのところで歌うせいか、
思った以上に後で疲れが出ちゃいました。
打上げの後、なかなか酔いが抜けなくて往生しました。
おかしいなぁ。弱くなったのかなぁ・・・
とか思っているうちに、眠くて眠くて。
とりあえず爆睡しときました。
以前ころぼっくるに参加させていただいた時は、
初めてテナー音域の声を作ったので、胸音が多かった
んですが、今回は頭音が使えるようになって、
ものすご嬉しかった。ま、パワーはてんでないので、
聞こえていないとは思いますが、本人的には大満足。
あ、あと、高いところで音程が下がっちゃうところ、
指揮者様が
「15センチ上を狙え」とか、
「3ヘルツ上を出そう」とおっしゃっていたのが、
「ナルホド、なっとく」のイメージで、参考になりました。
譜面に「15センチ上」とか「3ヘルツ」とか書いて
喜んでいたのは私です。
●良い結果が出てはずみになりました!
次の本番(12月16日及び1月29日)に向けて、
どんどこ暗譜をしなくちゃいけないんですが、
まだほとんど手つかず。
いかん、いかん。
12月16日のは、フライヤー用の文章も作らなくちゃ
いけない。
めんどーだけど、パソコン開いてやるか~・・・と
渋々机に向かったら、嬉しい結果発表のお知らせを
発見した。
気持ちにはずみがつきました!
頑張らねば!
今年は混声でソーノOBOGグループ「ソーニョ」でも
初ステージを踏め、ほんとにほんとに、楽しかった!
(が、うっかり、ブログに書くのを忘れてしまった)
12月はまた拡大同期会でハモる会と食べる会があるし、
歌い続けていくことで、大きな喜びが与えられています。
まあこの年になると、年々肉体的な衰えを実感するわけですが、
各地の合唱祭を拝見すると、70、80、当たり前で、
それはもう佳いお顔で、楽しげに、伸びのある声で
歌ってらっしゃる数多くの先達たちのお姿に出会います。
まだまだひよっこだぁ・・・と自覚も新たに、
さらに頑張っていかにゃあ~~~!
PR
●うかうかとトンデモないモノにはまってしまった。
先日遠藤周作にハマって喜んで
いたというのに、今度はもっと
めんどーなモノにハマってしまった。
『日本の聖書~聖書和訳の歴史』
海老澤有道著
講談社学術文庫
1989年刊
既に相当古い本で、アマゾンでは
新刊で出てこない。まー自分も
昔、古本で見付けた本なんだけど。
(アマゾンの中古商品では出てきます)
学術論文の類なんで、
読むのがめんどーで、
積ん読状態で長年置いてあった
ブツなんですが、ついフラフラと
手に取ってしまった。さあ、大変。
●「てんたさん」って何~~~!?
ぺらぺらめくっていたら、
最後の方に付録として、
「主の祈り」の変遷例ってぇのがあった。
「天にまします我らの父よ
願わくは 御名の尊まれんことを
御旨の天に行われるごとく
地にも行われんことを・・・」
というヤツで、
「お祈りするには、どう言えばいいですか?」
と問われたキリストが、弟子に教えた祈りの文句で、
キリスト教では一番重要な祈りとされています。
現代語訳では、
「天にいらっしゃる私たちの父よ」という
形になっていて、最近はこの現代語訳で
唱えることになっている。
のだが、中学時代に叩き込まれて
しまった文語訳の方がしっくりきてしまうので、
たまに教会に行った時、むにゃむにゃ・・・
になってしまったりするのですが。
閑話休題。
で、本の付録では、キリシタン時代に
始まるこのお祈りの文句の訳し方の
移り変わりが、ずらっと並べられている。
で、しょっぱなに1591年刊のものがあって、
「我等をてんたさんに放し玉ふ事なかれ」
と書いてある。
て、てんたさん?
・・・って、何???
幕末の浦上四番崩れという
キリシタン弾圧時代のも、
「テンタサン」になってる。
なんじゃらほい?
私の知ってる文語訳では、
「我等を試みにひきたまわざれ」ってとこで、
現代語だと「わたしたちを誘惑に遭わせず」。
要するに、悪の誘惑に負けないようにしてください、
である。
・・・ということは、「てんたさん」は、
「誘惑」・・・か? 「サンタさん」とかじゃなく?
「誘惑」って言ったら、英語の
temptationだよねぇ・・・・
で、念のためウルガータ訳(ラテン語聖書)を
引っ張り出してみた。
で、案の定、元の言葉はtemptationっぽい
ヤツでした。音訳・・・したらしいですネ。
一番最初にザビエルとマラッカで
出会った日本人ヤジロウの訳では、
当時の仏教主流の日本人にわかり
やすいように、父なる神が「大日」(大日如来)と
訳されたりなんかした、という話で、
その後、なるべく仏教語は使わない
ようにしよう運動があり、どーしても
訳しにくいものは、音訳していた。
そのおかげさまで、
「おらしょ」の歌詞の中でも、
ラテン語のO gloriosa Domina(輝ける聖母よ)
が「ぐるりよおざ どみぬ」になってたりする。
当初、どうしても、「ぐるりよおざ」がナットク
いかなかったのか、口が回らなかったのですが、
最近じゃ、反射的に「ぐるりよおざ」と
言ってしまふ。日本民族の血・・・か?
●まあともかく、ハマっちゃったんで
頭からせっせと読んでいます。
歴史年表と首っ引きで、
「なるほど、ザビエルが来た年(1549)は、
徳川家康幼名松平竹千代が、今川氏の
人質になって静岡に来た年なのか~」とか、
キリストがよくたとえ話で使う
いちじくの木は、実はザビエルが
来た当時は、日本にはなかったんで、
「柿」に書き換えたり、時刻表示も、
24時間制が採り入れられるのは
明治になってからなんで、古い訳文では
「辰の刻に・・・」なんてのがあったりするとか、
へーへーほーほー、の嵐です。
ちなみにいちじくは、バリニャーニが
遣欧少年使節と一緒に再来日した時に、活版
印刷機などとともに持ち込んだらしいです。
江戸時代には、「南蛮柿」「唐柿」「蓬莱柿」と
呼んでいたんだそーです。
すっかり、大昔から日本にある植物だと
思い込んでいた。
●隠れキリシタンに必須なのはマリア信仰
で、今回演奏する「おらしょ」IIの歌詞も、
キリエ→聖母賛歌→あわれみの賛歌
→アヴェ・マリア→信仰宣言(クレド。当時は
「けれど」とも)→アーメン、イエズス、マリア→
キリエ
という流れになっていて、聖務日課みたいな
感じの作りなのかなぁ?
と考えていましたが、「マリア観音」というのが
有名なように、日本のキリシタン信仰では、
マリア様重視。カトリック国のイタリアなんかも
マリア様重視だから、そのせいかな、と
思っていたら、
イエズス会によって全国的に組織された
信心会は、「御上天の聖母の組」と
呼ばれるもので、要するに日本教会は
「被昇天の聖母」に捧げられたもの
という位置づけだったかららしいです。
ちっとも知らなかった。
●まったく知らない思想を翻訳するのは
そりゃあ、並大抵の苦労ではなかった
と思います。すごい勢いで翻訳事業がなされた
ようですが、残念ながら、禁教時代の資料は、
弾圧のためにあまり残っていません。
なんたって「邪宗門」とか言われちゃった時代です。
それでもいろいろな人の訳本が今に
伝えられています。
仏教用語を流用すると、
間違って理解されてしまうからというので、
独自にさまざまな訳語が開発されました。
現代でも通用するようなものもあるのでしょうけど、
今では何のことやら? の言葉も多い。
例えば「洗礼者ヨハネ」を訳すのに、
「洗礼」という言葉が発明される以前は、
「施浸者」という訳語が考え出されました。
これで「しづめもの」と読むそうです。
確かに水に沈めて清めるワザを施す人
なんだけど、どーもアヤシい雰囲気のある言葉
になっちゃってる。
また、キリストが人の身体に巣くっていた
汚れた霊やアクマを追い出し、
その人の病を治してくれる奇跡が
新約聖書に出て来ますが、この
いわゆるエクソシズムを説明するのが
難しい。「悪魔」とか「魔」という言葉は、
仏教語として古くから使われていたんだけど、
どちらかというと「天魔」の類で、
キリスト教の悪魔とはちょっと違う。
で、困った訳者の人、「邪気」とか
「汚穢乃悪魔」として、ルビで「フケツノアクマ」
としてたりする。
「フケツノアクマ」って見た瞬間に、
頭のフケをボリボリやってるマンガ的な
アクマを想起してしまう・・・。
●とまあ、楽しい本なのであるが。
専門書なので、例文として引用されているのが、
例えば「ルカ9:12」とか、場所しか
書いてない。聖書を引っ張り出して、
どーいう内容だったかチェックしないと
先に進めない。で、スマホに仕込んである
日英対訳聖書(欽定訳と共同訳というスグレもの)
で急いで探し、「あ~ここか~」とやる。
用語でわからないものは、またまた
スマホでwikipediaにアクセスして
「ほ~なるほど~」とやる。
スマホ様々である。
本日スマホで見付けた「ほーほー」モノは、
日本語訳聖書の中でも有名な
ギョツラフ訳ヨハネ福音書が、なんと、現在
聖書協会から朗読CD込みで、
絶賛発売中であること!
で、価格は7,000円もするので、
とても手が出ないのであるが、
なんと、朗読CDの試聴が出来る!
ギョツラフ訳は、アメリカに漂着した日本人
漁民3名の協力を得て作られたもの。
尾張の人たちで、ちょっと尾張訛りが
訳文にも入っているそう。
「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。」
という、あの有名な冒頭の一節が、
「はじまりに かしこいものござる。
このかしこいもの、ごくらくともにござる。」
になっています~。
言葉(logos)が「かしこいもの」になったり、
神(Theos)が「ごくらく」になってるあたり、
教養人とかじゃなくて、ごくふつーの庶民の
持つ日本語知識が元になっているから、こうなった
のではないか、とのお話。
神学的には、いろいろツッコミがある
聖書ですが、朗読を聴くと、逆に
当時の日本の息吹きが感じられるような気がするなぁ。
朗読も、いい雰囲気です。言葉付きが素朴で、
これはこれで、いいな。
現代の私たちが見ると、
「和風だね」と感じるような世界が、
当時のキリシタンにとっては「宇宙」だったわけで、
そこにもたらされた遠い異国の宗教と、
熱烈な信仰心の塊ともういうべき青い眼のパードレたち。
これまで聴いたこともない教えと、
彼らが示す新しい言葉、音楽、神への熱意。
そういったすべてのものが、キリシタン信仰を
受け容れた人々の新たな「宇宙」になっていった。
彼らの眼に映ったのは、
一体何だったのか。
なぜそこまで、この新しい教えに
殉じて生きられたのか。
このところ、毎日そんなことばかり考えています。
学術書で合唱曲のイメージアップという
ミョーな方向に走っているわけですが、
こーゆー本からすくいあげるイメージというの、
意外とリアルで、私にはおもしろいのです。
●おまけの豆知識
先述の「浦上四番崩れ」ですが、
江戸末期から明治初期に起こった長崎県での
大規模なキリシタン弾圧事件のこと。
浦上地区で起こった弾圧の四番目、という意味です。
1867(慶応3年)の話で、これ、諸外国で
大ヒンシュクを買いました。
ちょうど岩倉使節団が欧米訪問に旅立ったのですが、
キリシタンを弾圧する限り、条約改正は難しい、
というのがわかり、慌てて本国に打電。
これによって、日本のキリシタン弾圧は終わりをみました。
1873(明治6年)にはキリシタン禁制が解かれ、
1614(慶長19年)以来、259年ぶりにキリスト教が
公認され、隠れキリシタンからカトリックに復帰した
人もたくさんいたのでした。(もっとも、土俗化して
カトリックとは別の信仰形態になってしまった「かくれ」を
維持する人もまだ残っているそうです)
*「浦上四番崩れ」「どちりなきりしたん」などについては、
wikipediaにかなり詳しい解説が掲載されています。
先日遠藤周作にハマって喜んで
いたというのに、今度はもっと
めんどーなモノにハマってしまった。
『日本の聖書~聖書和訳の歴史』
海老澤有道著
講談社学術文庫
1989年刊
既に相当古い本で、アマゾンでは
新刊で出てこない。まー自分も
昔、古本で見付けた本なんだけど。
(アマゾンの中古商品では出てきます)
学術論文の類なんで、
読むのがめんどーで、
積ん読状態で長年置いてあった
ブツなんですが、ついフラフラと
手に取ってしまった。さあ、大変。
●「てんたさん」って何~~~!?
ぺらぺらめくっていたら、
最後の方に付録として、
「主の祈り」の変遷例ってぇのがあった。
「天にまします我らの父よ
願わくは 御名の尊まれんことを
御旨の天に行われるごとく
地にも行われんことを・・・」
というヤツで、
「お祈りするには、どう言えばいいですか?」
と問われたキリストが、弟子に教えた祈りの文句で、
キリスト教では一番重要な祈りとされています。
現代語訳では、
「天にいらっしゃる私たちの父よ」という
形になっていて、最近はこの現代語訳で
唱えることになっている。
のだが、中学時代に叩き込まれて
しまった文語訳の方がしっくりきてしまうので、
たまに教会に行った時、むにゃむにゃ・・・
になってしまったりするのですが。
閑話休題。
で、本の付録では、キリシタン時代に
始まるこのお祈りの文句の訳し方の
移り変わりが、ずらっと並べられている。
で、しょっぱなに1591年刊のものがあって、
「我等をてんたさんに放し玉ふ事なかれ」
と書いてある。
て、てんたさん?
・・・って、何???
幕末の浦上四番崩れという
キリシタン弾圧時代のも、
「テンタサン」になってる。
なんじゃらほい?
私の知ってる文語訳では、
「我等を試みにひきたまわざれ」ってとこで、
現代語だと「わたしたちを誘惑に遭わせず」。
要するに、悪の誘惑に負けないようにしてください、
である。
・・・ということは、「てんたさん」は、
「誘惑」・・・か? 「サンタさん」とかじゃなく?
「誘惑」って言ったら、英語の
temptationだよねぇ・・・・
で、念のためウルガータ訳(ラテン語聖書)を
引っ張り出してみた。
で、案の定、元の言葉はtemptationっぽい
ヤツでした。音訳・・・したらしいですネ。
一番最初にザビエルとマラッカで
出会った日本人ヤジロウの訳では、
当時の仏教主流の日本人にわかり
やすいように、父なる神が「大日」(大日如来)と
訳されたりなんかした、という話で、
その後、なるべく仏教語は使わない
ようにしよう運動があり、どーしても
訳しにくいものは、音訳していた。
そのおかげさまで、
「おらしょ」の歌詞の中でも、
ラテン語のO gloriosa Domina(輝ける聖母よ)
が「ぐるりよおざ どみぬ」になってたりする。
当初、どうしても、「ぐるりよおざ」がナットク
いかなかったのか、口が回らなかったのですが、
最近じゃ、反射的に「ぐるりよおざ」と
言ってしまふ。日本民族の血・・・か?
●まあともかく、ハマっちゃったんで
頭からせっせと読んでいます。
歴史年表と首っ引きで、
「なるほど、ザビエルが来た年(1549)は、
徳川家康幼名松平竹千代が、今川氏の
人質になって静岡に来た年なのか~」とか、
キリストがよくたとえ話で使う
いちじくの木は、実はザビエルが
来た当時は、日本にはなかったんで、
「柿」に書き換えたり、時刻表示も、
24時間制が採り入れられるのは
明治になってからなんで、古い訳文では
「辰の刻に・・・」なんてのがあったりするとか、
へーへーほーほー、の嵐です。
ちなみにいちじくは、バリニャーニが
遣欧少年使節と一緒に再来日した時に、活版
印刷機などとともに持ち込んだらしいです。
江戸時代には、「南蛮柿」「唐柿」「蓬莱柿」と
呼んでいたんだそーです。
すっかり、大昔から日本にある植物だと
思い込んでいた。
●隠れキリシタンに必須なのはマリア信仰
で、今回演奏する「おらしょ」IIの歌詞も、
キリエ→聖母賛歌→あわれみの賛歌
→アヴェ・マリア→信仰宣言(クレド。当時は
「けれど」とも)→アーメン、イエズス、マリア→
キリエ
という流れになっていて、聖務日課みたいな
感じの作りなのかなぁ?
と考えていましたが、「マリア観音」というのが
有名なように、日本のキリシタン信仰では、
マリア様重視。カトリック国のイタリアなんかも
マリア様重視だから、そのせいかな、と
思っていたら、
イエズス会によって全国的に組織された
信心会は、「御上天の聖母の組」と
呼ばれるもので、要するに日本教会は
「被昇天の聖母」に捧げられたもの
という位置づけだったかららしいです。
ちっとも知らなかった。
●まったく知らない思想を翻訳するのは
そりゃあ、並大抵の苦労ではなかった
と思います。すごい勢いで翻訳事業がなされた
ようですが、残念ながら、禁教時代の資料は、
弾圧のためにあまり残っていません。
なんたって「邪宗門」とか言われちゃった時代です。
それでもいろいろな人の訳本が今に
伝えられています。
仏教用語を流用すると、
間違って理解されてしまうからというので、
独自にさまざまな訳語が開発されました。
現代でも通用するようなものもあるのでしょうけど、
今では何のことやら? の言葉も多い。
例えば「洗礼者ヨハネ」を訳すのに、
「洗礼」という言葉が発明される以前は、
「施浸者」という訳語が考え出されました。
これで「しづめもの」と読むそうです。
確かに水に沈めて清めるワザを施す人
なんだけど、どーもアヤシい雰囲気のある言葉
になっちゃってる。
また、キリストが人の身体に巣くっていた
汚れた霊やアクマを追い出し、
その人の病を治してくれる奇跡が
新約聖書に出て来ますが、この
いわゆるエクソシズムを説明するのが
難しい。「悪魔」とか「魔」という言葉は、
仏教語として古くから使われていたんだけど、
どちらかというと「天魔」の類で、
キリスト教の悪魔とはちょっと違う。
で、困った訳者の人、「邪気」とか
「汚穢乃悪魔」として、ルビで「フケツノアクマ」
としてたりする。
「フケツノアクマ」って見た瞬間に、
頭のフケをボリボリやってるマンガ的な
アクマを想起してしまう・・・。
●とまあ、楽しい本なのであるが。
専門書なので、例文として引用されているのが、
例えば「ルカ9:12」とか、場所しか
書いてない。聖書を引っ張り出して、
どーいう内容だったかチェックしないと
先に進めない。で、スマホに仕込んである
日英対訳聖書(欽定訳と共同訳というスグレもの)
で急いで探し、「あ~ここか~」とやる。
用語でわからないものは、またまた
スマホでwikipediaにアクセスして
「ほ~なるほど~」とやる。
スマホ様々である。
本日スマホで見付けた「ほーほー」モノは、
日本語訳聖書の中でも有名な
ギョツラフ訳ヨハネ福音書が、なんと、現在
聖書協会から朗読CD込みで、
絶賛発売中であること!
で、価格は7,000円もするので、
とても手が出ないのであるが、
なんと、朗読CDの試聴が出来る!
ギョツラフ訳は、アメリカに漂着した日本人
漁民3名の協力を得て作られたもの。
尾張の人たちで、ちょっと尾張訛りが
訳文にも入っているそう。
「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。」
という、あの有名な冒頭の一節が、
「はじまりに かしこいものござる。
このかしこいもの、ごくらくともにござる。」
になっています~。
言葉(logos)が「かしこいもの」になったり、
神(Theos)が「ごくらく」になってるあたり、
教養人とかじゃなくて、ごくふつーの庶民の
持つ日本語知識が元になっているから、こうなった
のではないか、とのお話。
神学的には、いろいろツッコミがある
聖書ですが、朗読を聴くと、逆に
当時の日本の息吹きが感じられるような気がするなぁ。
朗読も、いい雰囲気です。言葉付きが素朴で、
これはこれで、いいな。
現代の私たちが見ると、
「和風だね」と感じるような世界が、
当時のキリシタンにとっては「宇宙」だったわけで、
そこにもたらされた遠い異国の宗教と、
熱烈な信仰心の塊ともういうべき青い眼のパードレたち。
これまで聴いたこともない教えと、
彼らが示す新しい言葉、音楽、神への熱意。
そういったすべてのものが、キリシタン信仰を
受け容れた人々の新たな「宇宙」になっていった。
彼らの眼に映ったのは、
一体何だったのか。
なぜそこまで、この新しい教えに
殉じて生きられたのか。
このところ、毎日そんなことばかり考えています。
学術書で合唱曲のイメージアップという
ミョーな方向に走っているわけですが、
こーゆー本からすくいあげるイメージというの、
意外とリアルで、私にはおもしろいのです。
●おまけの豆知識
先述の「浦上四番崩れ」ですが、
江戸末期から明治初期に起こった長崎県での
大規模なキリシタン弾圧事件のこと。
浦上地区で起こった弾圧の四番目、という意味です。
1867(慶応3年)の話で、これ、諸外国で
大ヒンシュクを買いました。
ちょうど岩倉使節団が欧米訪問に旅立ったのですが、
キリシタンを弾圧する限り、条約改正は難しい、
というのがわかり、慌てて本国に打電。
これによって、日本のキリシタン弾圧は終わりをみました。
1873(明治6年)にはキリシタン禁制が解かれ、
1614(慶長19年)以来、259年ぶりにキリスト教が
公認され、隠れキリシタンからカトリックに復帰した
人もたくさんいたのでした。(もっとも、土俗化して
カトリックとは別の信仰形態になってしまった「かくれ」を
維持する人もまだ残っているそうです)
*「浦上四番崩れ」「どちりなきりしたん」などについては、
wikipediaにかなり詳しい解説が掲載されています。
●「おらしょ」の譜面の最後に
参考文献がいろいろ載っていたんですが、
そのどれもうちにはなくって・・・。
で、自分にとっては隠れ切支丹のバイブル
遠藤周作に回帰しています。
『沈黙』とか『イエスの生涯』とかに戻っても
いいんですが、
『沈黙』を書く契機となった最初の
長崎への旅から始まる紀行文・随筆集
『切支丹の里』にどっぷりはまってみることにしました。

中公文庫に入っているのですが、
初版が昭和49年で、
私の持っているのが7刷で
昭和55年。
アマゾンでチェックしたところ、
新刊本としては扱われておらず、
古書扱い。ふつーの古書としては安くて、1円から、
コレクター商品としては、1,700円から、だそーです。
このヘンの仕組み、よくわかりません。
短いものなので、「おらしょ」本番前までに
読み込んでみるかなぁ・・・と引っ張り出して
みました。案の定、ハマっています。
「哀しげに摩滅し、足指の痕を青黒く(黒+幼の古い字で
書いてある)残した一枚の踏絵を見た感動から、
キリシタン時代の殉教者、転んだ宣教師、隠れキリシタンの
たどった道を、長崎、島原の僻村までたずね歩き、弱きものを
裁く父の宗教が優しく赦す母の宗教へと、日本の風土と
歴史の中で変貌してゆく様を、真摯な取材と文献の中から
考察してゆく。傑作『沈黙』や『イエスの生涯』を貫く著者の
思想が展開する独自の紀行・作品集。」
という解説が裏表紙に付いています。
殉教をした者、殉教の道を選ばず、転んだ者。
その一人一人の心の襞を追い、
何者にも屈せぬ強い意志で命を捨てたように
見える者、心弱さのゆえに裏切り者となり、
歴史の中に沈黙とともに埋没していった者。
強者があり、弱者がある殉教の歴史。
しかし、その一人一人の心が
単純に真っ白であったり、真っ黒であったわけではないはずだ。
揺らぎ、傷つき、時に光を求め、あるいは光に背を向け、
ためらいと悩みと、決意とあきらめと、
それらの錯綜の中に、切支丹として生きることの現実があった。
カトリックの信者である遠藤にとっては、
迫害にあった時、自らの身を犠牲にして
信仰を守りきれるのか?
という命題は、非常に身近で、大きなものだったのだと思う。
迫害の時代にあったなら、
自分もまた堪えきれずに転んだであろう。
自分は弱き者、転んだ者、また隠れた者に近い。
そんな思いが、『沈黙』という作品に
結実したのだと思う。
私もまた、長年キリスト教を身近に感じ続けながら、
未だに自らその世界に入ることにためらい続けている。
果たして自分は信仰者であると声高らかに宣言できる
ほどの者なのか。
自らの業を自覚すればするほど、入ってはいけないような
気がずっとしていた。
最近は、次第に自分の中の
規制が緩んできてきるのか、
真っ白でなくても、入っていいか、と
思ったりもするようになった。
ただし、それは、死んで後、救われたいから、
というわけでもないように思う。
未だに私は、自分が何をキリストに求めているのか、
よくわかっていない。
そういうわけで、まだしばらくは
教会の周りでうろうろしているだけの状態を
続けそうな私である。
どうも固い話になっちゃったな。
ま、たまにはいいか。
参考文献がいろいろ載っていたんですが、
そのどれもうちにはなくって・・・。
で、自分にとっては隠れ切支丹のバイブル
遠藤周作に回帰しています。
『沈黙』とか『イエスの生涯』とかに戻っても
いいんですが、
『沈黙』を書く契機となった最初の
長崎への旅から始まる紀行文・随筆集
『切支丹の里』にどっぷりはまってみることにしました。
中公文庫に入っているのですが、
初版が昭和49年で、
私の持っているのが7刷で
昭和55年。
アマゾンでチェックしたところ、
新刊本としては扱われておらず、
古書扱い。ふつーの古書としては安くて、1円から、
コレクター商品としては、1,700円から、だそーです。
このヘンの仕組み、よくわかりません。
短いものなので、「おらしょ」本番前までに
読み込んでみるかなぁ・・・と引っ張り出して
みました。案の定、ハマっています。
「哀しげに摩滅し、足指の痕を青黒く(黒+幼の古い字で
書いてある)残した一枚の踏絵を見た感動から、
キリシタン時代の殉教者、転んだ宣教師、隠れキリシタンの
たどった道を、長崎、島原の僻村までたずね歩き、弱きものを
裁く父の宗教が優しく赦す母の宗教へと、日本の風土と
歴史の中で変貌してゆく様を、真摯な取材と文献の中から
考察してゆく。傑作『沈黙』や『イエスの生涯』を貫く著者の
思想が展開する独自の紀行・作品集。」
という解説が裏表紙に付いています。
殉教をした者、殉教の道を選ばず、転んだ者。
その一人一人の心の襞を追い、
何者にも屈せぬ強い意志で命を捨てたように
見える者、心弱さのゆえに裏切り者となり、
歴史の中に沈黙とともに埋没していった者。
強者があり、弱者がある殉教の歴史。
しかし、その一人一人の心が
単純に真っ白であったり、真っ黒であったわけではないはずだ。
揺らぎ、傷つき、時に光を求め、あるいは光に背を向け、
ためらいと悩みと、決意とあきらめと、
それらの錯綜の中に、切支丹として生きることの現実があった。
カトリックの信者である遠藤にとっては、
迫害にあった時、自らの身を犠牲にして
信仰を守りきれるのか?
という命題は、非常に身近で、大きなものだったのだと思う。
迫害の時代にあったなら、
自分もまた堪えきれずに転んだであろう。
自分は弱き者、転んだ者、また隠れた者に近い。
そんな思いが、『沈黙』という作品に
結実したのだと思う。
私もまた、長年キリスト教を身近に感じ続けながら、
未だに自らその世界に入ることにためらい続けている。
果たして自分は信仰者であると声高らかに宣言できる
ほどの者なのか。
自らの業を自覚すればするほど、入ってはいけないような
気がずっとしていた。
最近は、次第に自分の中の
規制が緩んできてきるのか、
真っ白でなくても、入っていいか、と
思ったりもするようになった。
ただし、それは、死んで後、救われたいから、
というわけでもないように思う。
未だに私は、自分が何をキリストに求めているのか、
よくわかっていない。
そういうわけで、まだしばらくは
教会の周りでうろうろしているだけの状態を
続けそうな私である。
どうも固い話になっちゃったな。
ま、たまにはいいか。
●叔母のお墓に初めて行きました
今週火曜日は、埼玉の叔父に会いに
行きました。
「さいたま新都心駅」、初めて
降り立ちました。駅前にアリーナがあり、週末は
ずいぶん賑やかなんだろうなぁ。
ウィークデイの午後は、穏やかな空。
駅前で叔父の車に拾ってもらい、
まずはお墓参り。
公営の霊園で青空園と言ったかな。
広々として、とても気持ちのいいところ。
叔父が用意した菊の花束をもって
教会のお墓へ。
霊園入り口には、見事な藤棚があります。
天然記念物に指定されているのだとか。
春は、すごいだろうなぁ。
ここがお墓。二人で通っている
プロテスタント長老派・浦和教会の
共同墓地です。真ん中には
十字架を彫った墓石があり、
「私は復活であり、生命である
私を信じた者は死んでも生きる」
という聖書の言葉が刻まれています。
左右の黒い石は、共同墓地に葬られた信者さんたちの
墓誌。叔母の名前は、向かって左側にあります。
そして、叔母の名の下には、既に叔父の名も刻んで
あります。
「並んでるんだね」と言ったら、
「一人だと寂しがるからね」と叔父が言ってました。
うん、そうかも知れない。
結婚した頃から変わらずずっと、
熱々ラブラブのカップルですから、
二人で一人、なんでしょう。
二人にとっては、一緒の信仰に生きて、死んでいく
ということが、本当に大切なことなのでしょう。
自分の名前も一緒に刻んでもらう
というのが、叔父にとっては一番自然だし、
一番の願いなのかもしれませんね。
●大事なものをいっぱい詰めたおうち
今回、叔母の遺した衣料や靴など、
身の回りの品の形見分け・・・の下見
の予定で来ました。
リビングのテーブルの周りには、
叔母愛用のバッグがずらり。
複数の合唱団に所属していたので、それぞれの団で
練習している譜面を分けて入れてあったり、
ご奉仕で高齢者施設に行ってハーモニカを吹いたり
するので、ハーモニカと譜面台と・・・みたいなバッグ
があったり。私もおんなじよーなこと、しています。
衣類や靴など、思い出のあるものは、親しい人が使ってくれるのが
一番嬉しいので、まずは身内の人に見てもらいたい、という
叔父の意向。
叔母はスラリとスマートな人なんで、私よりも
たまちゃんに似合いそうなスーツなどがたくさんありました。
4月から就職するたまちゃんには、これがいい、あれがいい、と
二人で大騒ぎ。
骨格構造が似ているので、靴がまたぴったり。
多少叔母の方が縦長みたいですが、ウォーキング
シューズなど、ぴたぴたっとしてちょうど良い。
たくさん予約しちゃいまいた。たまちゃんに良さそうなのも
見付けたので、これはたまちゃん用、とまた予約。
以前叔母とも話してましたが、幅狭・甲低という
特殊な形なので、なかなか合うものがなく、
細い木型のある靴屋さんを求めて、二人とも
いつも大騒ぎ。いや~血筋というのはあるもんですんね~。
叔父は、うちの父の形見分けで、レコードコレクションや
スーツをたくさんもらってくれ、背広など毎日愛用してくれて
います。ふふ、似合っていて、うれしい。
うちもそうですが、叔父叔母も、非常に大家族的。
実家のおばあちゃんの写真がピアノの脇に飾って
あり、で、ふと見ると、その写真が載っかってるのは、
うちの父があげたレコードコレクションケースだったりする。
たまちゃんパパの絵が飾ってあるかと思うと、
おばあちゃんの俳句を書いた短冊があったりする。
そういう絆が、二人にとっては一番大事なんですね。
リビングに置いてあるピアノは、
昔、私が荻窪で使っていたヤツで、
ピアニストの娘の、生徒さん用に
いいかも・・・というので持って行き、
代わりに私にはちょっと広めの
いいベッドを買ってくれた、という思い出の品。
懐かしくなり、早速蓋を開き、叔父に「初心のうた」の
譜面を出してもらって弾いたり歌ったり。
「レコード、聞こう」と叔父が言い出し、
自分で組み立てたプレーヤーで、ケンプのピアノとか、
カラヤンの第九とか聞かせてくれました。
それらのレコードは、まだ結婚仕立てで、あんまり
お金がなくてレコードに手が出なかった頃、うちの父が
買ってくれたものなんですって。いついつ買ってくれたもの、と
ちゃんと書いてあ。
「これはお兄さんが買ってくれたもので、
なかなか手が出なかったから、ほ~んと、嬉しかったんだよな~」
と目を細めながら語る叔父は、ほ~んと、嬉しそう。
そういう嬉しい心の交流を
何より大切にしてくれる二人が、
私も大好きです。
今日は叔母のクローゼットから持ち出してきた
若草色のチョッキを着て横浜から帰って来ましたが、
なんだか誂えたようにピッタリで、昔から着ていた
ような、優しい、懐かしい肌触りです。
ピアノの脇には、叔母ご自慢の
ステンドグラス。
近くにステンドグラス作家の方が
いらして、リビングを改築する時に
作ってもらったの~♪と
それはもう、嬉しげに話していましたっけ。
娘二人の幼い頃の写真も
飾ってありました。
もう色が褪せちゃってますが、
真ん中の写真は、私も大の
お気に入りで、ちゃんとアルバムに
収めてあります。ひなげしの中にお座りした二人が、
それはもう、愛らしくて、かわいくってたまらない。
今ではもう、それぞれいい年の大人の女性なんですけど、
どうしても、この頃のイメージで見てしまうナ~。
あ、そうそう、中学生くらいのたまちゃんとおばが
ニコニコ写っている写真も、叔父の宝物みたいでしたヨ。
今度はたまちゃんも、母上と二人で
ちょっと伺ってみようか?
という話でした。
まだまだ一人では寂しげなんで、
どんどん押し掛けて、元気づけてあげてくださいネ!
今週火曜日は、埼玉の叔父に会いに
行きました。
「さいたま新都心駅」、初めて
降り立ちました。駅前にアリーナがあり、週末は
ずいぶん賑やかなんだろうなぁ。
ウィークデイの午後は、穏やかな空。
駅前で叔父の車に拾ってもらい、
まずはお墓参り。
広々として、とても気持ちのいいところ。
叔父が用意した菊の花束をもって
教会のお墓へ。
天然記念物に指定されているのだとか。
春は、すごいだろうなぁ。
プロテスタント長老派・浦和教会の
共同墓地です。真ん中には
十字架を彫った墓石があり、
「私は復活であり、生命である
私を信じた者は死んでも生きる」
という聖書の言葉が刻まれています。
左右の黒い石は、共同墓地に葬られた信者さんたちの
墓誌。叔母の名前は、向かって左側にあります。
そして、叔母の名の下には、既に叔父の名も刻んで
あります。
「並んでるんだね」と言ったら、
「一人だと寂しがるからね」と叔父が言ってました。
うん、そうかも知れない。
結婚した頃から変わらずずっと、
熱々ラブラブのカップルですから、
二人で一人、なんでしょう。
二人にとっては、一緒の信仰に生きて、死んでいく
ということが、本当に大切なことなのでしょう。
自分の名前も一緒に刻んでもらう
というのが、叔父にとっては一番自然だし、
一番の願いなのかもしれませんね。
●大事なものをいっぱい詰めたおうち
身の回りの品の形見分け・・・の下見
の予定で来ました。
リビングのテーブルの周りには、
叔母愛用のバッグがずらり。
複数の合唱団に所属していたので、それぞれの団で
練習している譜面を分けて入れてあったり、
ご奉仕で高齢者施設に行ってハーモニカを吹いたり
するので、ハーモニカと譜面台と・・・みたいなバッグ
があったり。私もおんなじよーなこと、しています。
衣類や靴など、思い出のあるものは、親しい人が使ってくれるのが
一番嬉しいので、まずは身内の人に見てもらいたい、という
叔父の意向。
叔母はスラリとスマートな人なんで、私よりも
たまちゃんに似合いそうなスーツなどがたくさんありました。
4月から就職するたまちゃんには、これがいい、あれがいい、と
二人で大騒ぎ。
骨格構造が似ているので、靴がまたぴったり。
多少叔母の方が縦長みたいですが、ウォーキング
シューズなど、ぴたぴたっとしてちょうど良い。
たくさん予約しちゃいまいた。たまちゃんに良さそうなのも
見付けたので、これはたまちゃん用、とまた予約。
以前叔母とも話してましたが、幅狭・甲低という
特殊な形なので、なかなか合うものがなく、
細い木型のある靴屋さんを求めて、二人とも
いつも大騒ぎ。いや~血筋というのはあるもんですんね~。
叔父は、うちの父の形見分けで、レコードコレクションや
スーツをたくさんもらってくれ、背広など毎日愛用してくれて
います。ふふ、似合っていて、うれしい。
うちもそうですが、叔父叔母も、非常に大家族的。
実家のおばあちゃんの写真がピアノの脇に飾って
あり、で、ふと見ると、その写真が載っかってるのは、
うちの父があげたレコードコレクションケースだったりする。
たまちゃんパパの絵が飾ってあるかと思うと、
おばあちゃんの俳句を書いた短冊があったりする。
そういう絆が、二人にとっては一番大事なんですね。
昔、私が荻窪で使っていたヤツで、
ピアニストの娘の、生徒さん用に
いいかも・・・というので持って行き、
代わりに私にはちょっと広めの
いいベッドを買ってくれた、という思い出の品。
懐かしくなり、早速蓋を開き、叔父に「初心のうた」の
譜面を出してもらって弾いたり歌ったり。
「レコード、聞こう」と叔父が言い出し、
自分で組み立てたプレーヤーで、ケンプのピアノとか、
カラヤンの第九とか聞かせてくれました。
それらのレコードは、まだ結婚仕立てで、あんまり
お金がなくてレコードに手が出なかった頃、うちの父が
買ってくれたものなんですって。いついつ買ってくれたもの、と
ちゃんと書いてあ。
「これはお兄さんが買ってくれたもので、
なかなか手が出なかったから、ほ~んと、嬉しかったんだよな~」
と目を細めながら語る叔父は、ほ~んと、嬉しそう。
そういう嬉しい心の交流を
何より大切にしてくれる二人が、
私も大好きです。
今日は叔母のクローゼットから持ち出してきた
若草色のチョッキを着て横浜から帰って来ましたが、
なんだか誂えたようにピッタリで、昔から着ていた
ような、優しい、懐かしい肌触りです。
ステンドグラス。
近くにステンドグラス作家の方が
いらして、リビングを改築する時に
作ってもらったの~♪と
それはもう、嬉しげに話していましたっけ。
飾ってありました。
もう色が褪せちゃってますが、
真ん中の写真は、私も大の
お気に入りで、ちゃんとアルバムに
収めてあります。ひなげしの中にお座りした二人が、
それはもう、愛らしくて、かわいくってたまらない。
今ではもう、それぞれいい年の大人の女性なんですけど、
どうしても、この頃のイメージで見てしまうナ~。
あ、そうそう、中学生くらいのたまちゃんとおばが
ニコニコ写っている写真も、叔父の宝物みたいでしたヨ。
今度はたまちゃんも、母上と二人で
ちょっと伺ってみようか?
という話でした。
まだまだ一人では寂しげなんで、
どんどん押し掛けて、元気づけてあげてくださいネ!
●お騒がせしましたが
東京に住むアホ娘ちゃん(今、はたかれました!)は、
順調に回復中でございます。
靱帯断裂とかではなく、ちょっと伸ばしちゃった・・・状態なんで、
1週間から10日で治りそうです。
ケガした当日はちょっと落ち込んでいましたが、
精神的にも落ち着いたのか、足に包帯を
巻いて痛がっている以外は、ほぼ平常復帰です。
学校の方は、急角度の坂を上り、さらに正門を
入ってからも、だらだらと坂道を上がらないと
校舎に辿り着かない・・・という学校なもので、
とりあえずケガで欠席しますという
届けも出したし、診断書も用意してある。
後は、家の中でだらだら、イエ~・・・みたいな。
女の子は、やっぱり腕力が足りないのか、
松葉杖がうまく使えないとのことで、
毎日往診に来て下さるので、家で待ち構えていれば
治療してもらえる、という極楽な療養生活。
ぜ、ぜいたくな。
●駆け込んだところが、千住の名倉であった
なんか、野生のカンで、本人が勝手に
駆け込んだ接骨院が、千住の名倉の流れを
汲む病院で、名倉中村接骨院というところ。
駅のすぐ近くで、日頃通りかかっては、
かわいいうさぎさんの看板があるなぁ・・・と
見ていたんだそーです。
関東者でない私は、てんで知らなかったのですが、
関東で名倉と言えば、江戸時代から続く
接骨の名門。千住にその本家があったので、
千住の名倉と呼ばれているそーなんですが、
娘が見つけた病院は、この名倉のところで修業した
人で、いわば免許皆伝、名倉の名を冠して開業を
許す・・・みたいな感じで、名倉の名前とご自分の
名前を病院名に付けているよーです。
うちに『江戸の骨つぎ』という本がありまして、
これは現代の名倉家を継いだお医者さんが、
名倉家の歴史とか逸話をエッセイ風にまとめた
ものすごくおもしろい本。
娘から病院の名前を聞いた相方が、
「そこなら大丈夫だ~」で大安心したらしい。
私も本を拾い読みしてみましたが、
江戸時代からの有名な接骨医で、
最盛期の大正時代には、日に300人もの患者さんが
押し寄せたんだとか。家伝の膏薬みたいなのが
ありまして、ニワトコの木を使った黒いヤツなんだって。
それ、見たいなぁ・・・と思ったんだけど、娘のには
使われていなかった。残念。(でも、お医者さんと
ニワトコの話で盛り上がりました)
なんか、森鴎外の小説の中にも出てくるんだとか。
へー。
とりあえず、治療は丁寧だし、お話も楽しいし、
信頼できるいいお医者さんに出会えたようで、
いや~、安心しました。
これで、心置きなく、本番を迎えられるゾ~。
(なんですけど、土日、大雨だって。ううう、イヤだなぁ)
●ニワトコと言えば、キクラゲ。
先日、Facebookで知り合った音楽家の方が、
ご主人様に作ったディナーの写真をアップしてました。
タイにお住まいの方なので、向こうのお友達も
読めるように、というので英語でメニューが書いてあり、
その中に「judah's ear」というのが出てきました。
で、これは一体何なんですか~?
とお聞きしてみたところ、「キクラゲ」のことだって。
和英を引いて、書いてみたんですよ、との事。
へーへーほーほー、して、
早速私も和英で見ました。
ホントだ、ちゃんとキクラゲと書いてある。
ミョー!
で、どうしてこういうのか、さらに
ネット検索。
何でも、キクラゲはニワトコの木に生えることが
多く、昔は人間の耳みたいな気味悪いキノコ、という
感じで食べる人がいなかったそうですが(だから
木耳と書くんですね)、栄養価も豊富で美味しい、
中華料理の定番になってますよね。
で、なんでユダの耳か?っていうと、
キリストを銀貨30枚で売り渡したイスカリオテの
ユダが、キリスト捕縛後、自分の犯した罪の
恐ろしさにおののき、首をつって死んでしまう。
この時、ユダが首をつった木が、ニワトコだと言われて
いるのです。それで、英名ではニワトコ=ユダの木に
なって、キクラゲ=ユダの耳、という図式になった
ようなんですネ。
ふふふ、さらに詳しく調べると、
もっとキミョーな伝承が出てくるかもしんない。
それにしても、タイの水害、
一向に収まる気配がありませんネ・・・。
現地にいる日本企業の方々も、
なすすべなし、って感じ。
地球規模の災害、とどまるところなし、になってます。
●Facebok友達のところで栗を買った
JR静岡駅構内にある「谷岡の甘栗」で、
今回はお医者さんその他へのお土産を
買いました。秋の新栗。たくさんたくさん
オマケがついていたので、早速はぐはぐモグモグ、
美味しく食べましたぁ。
先日NHK静岡の番組の中で
紹介されていて、Facebook上でも
盛り上がりました。私も、アラームかけといて、
番組を拝見して楽しみましたぁ。
真剣な表情で作業をされている、
まじめそ~なお姿がアップになっていました。
実はハードロック小僧?で、
毎朝めざめの一曲をご紹介くださる。
朝イチで、ツェッペリンとかエアロスミスが
アップされているという・・・で、朝が弱い私は、
昼過ぎにノコノコそれを聴く・・・と。
だって、だって、谷岡さんの朝って、
夜明けなんだも~ん。
(ちなみに、夜明けの街の写真も
毎朝アップされます)
●おまけ
ニュースによりますと、山の中から迷いだして、
静岡市葵区をうろうろしていた野生のシカが、
JR清水駅前で捕獲されたそーです。
いったい、どこをどーやって、清水まで
来ちゃったんだろうかネ、このコは。
見に行きたかった・・・。
東京に住むアホ娘ちゃん(今、はたかれました!)は、
順調に回復中でございます。
靱帯断裂とかではなく、ちょっと伸ばしちゃった・・・状態なんで、
1週間から10日で治りそうです。
ケガした当日はちょっと落ち込んでいましたが、
精神的にも落ち着いたのか、足に包帯を
巻いて痛がっている以外は、ほぼ平常復帰です。
学校の方は、急角度の坂を上り、さらに正門を
入ってからも、だらだらと坂道を上がらないと
校舎に辿り着かない・・・という学校なもので、
とりあえずケガで欠席しますという
届けも出したし、診断書も用意してある。
後は、家の中でだらだら、イエ~・・・みたいな。
女の子は、やっぱり腕力が足りないのか、
松葉杖がうまく使えないとのことで、
毎日往診に来て下さるので、家で待ち構えていれば
治療してもらえる、という極楽な療養生活。
ぜ、ぜいたくな。
●駆け込んだところが、千住の名倉であった
なんか、野生のカンで、本人が勝手に
駆け込んだ接骨院が、千住の名倉の流れを
汲む病院で、名倉中村接骨院というところ。
駅のすぐ近くで、日頃通りかかっては、
かわいいうさぎさんの看板があるなぁ・・・と
見ていたんだそーです。
関東者でない私は、てんで知らなかったのですが、
関東で名倉と言えば、江戸時代から続く
接骨の名門。千住にその本家があったので、
千住の名倉と呼ばれているそーなんですが、
娘が見つけた病院は、この名倉のところで修業した
人で、いわば免許皆伝、名倉の名を冠して開業を
許す・・・みたいな感じで、名倉の名前とご自分の
名前を病院名に付けているよーです。
うちに『江戸の骨つぎ』という本がありまして、
これは現代の名倉家を継いだお医者さんが、
名倉家の歴史とか逸話をエッセイ風にまとめた
ものすごくおもしろい本。
娘から病院の名前を聞いた相方が、
「そこなら大丈夫だ~」で大安心したらしい。
私も本を拾い読みしてみましたが、
江戸時代からの有名な接骨医で、
最盛期の大正時代には、日に300人もの患者さんが
押し寄せたんだとか。家伝の膏薬みたいなのが
ありまして、ニワトコの木を使った黒いヤツなんだって。
それ、見たいなぁ・・・と思ったんだけど、娘のには
使われていなかった。残念。(でも、お医者さんと
ニワトコの話で盛り上がりました)
なんか、森鴎外の小説の中にも出てくるんだとか。
へー。
とりあえず、治療は丁寧だし、お話も楽しいし、
信頼できるいいお医者さんに出会えたようで、
いや~、安心しました。
これで、心置きなく、本番を迎えられるゾ~。
(なんですけど、土日、大雨だって。ううう、イヤだなぁ)
●ニワトコと言えば、キクラゲ。
先日、Facebookで知り合った音楽家の方が、
ご主人様に作ったディナーの写真をアップしてました。
タイにお住まいの方なので、向こうのお友達も
読めるように、というので英語でメニューが書いてあり、
その中に「judah's ear」というのが出てきました。
で、これは一体何なんですか~?
とお聞きしてみたところ、「キクラゲ」のことだって。
和英を引いて、書いてみたんですよ、との事。
へーへーほーほー、して、
早速私も和英で見ました。
ホントだ、ちゃんとキクラゲと書いてある。
ミョー!
で、どうしてこういうのか、さらに
ネット検索。
何でも、キクラゲはニワトコの木に生えることが
多く、昔は人間の耳みたいな気味悪いキノコ、という
感じで食べる人がいなかったそうですが(だから
木耳と書くんですね)、栄養価も豊富で美味しい、
中華料理の定番になってますよね。
で、なんでユダの耳か?っていうと、
キリストを銀貨30枚で売り渡したイスカリオテの
ユダが、キリスト捕縛後、自分の犯した罪の
恐ろしさにおののき、首をつって死んでしまう。
この時、ユダが首をつった木が、ニワトコだと言われて
いるのです。それで、英名ではニワトコ=ユダの木に
なって、キクラゲ=ユダの耳、という図式になった
ようなんですネ。
ふふふ、さらに詳しく調べると、
もっとキミョーな伝承が出てくるかもしんない。
それにしても、タイの水害、
一向に収まる気配がありませんネ・・・。
現地にいる日本企業の方々も、
なすすべなし、って感じ。
地球規模の災害、とどまるところなし、になってます。
●Facebok友達のところで栗を買った
JR静岡駅構内にある「谷岡の甘栗」で、
今回はお医者さんその他へのお土産を
買いました。秋の新栗。たくさんたくさん
オマケがついていたので、早速はぐはぐモグモグ、
美味しく食べましたぁ。
先日NHK静岡の番組の中で
紹介されていて、Facebook上でも
盛り上がりました。私も、アラームかけといて、
番組を拝見して楽しみましたぁ。
真剣な表情で作業をされている、
まじめそ~なお姿がアップになっていました。
実はハードロック小僧?で、
毎朝めざめの一曲をご紹介くださる。
朝イチで、ツェッペリンとかエアロスミスが
アップされているという・・・で、朝が弱い私は、
昼過ぎにノコノコそれを聴く・・・と。
だって、だって、谷岡さんの朝って、
夜明けなんだも~ん。
(ちなみに、夜明けの街の写真も
毎朝アップされます)
●おまけ
ニュースによりますと、山の中から迷いだして、
静岡市葵区をうろうろしていた野生のシカが、
JR清水駅前で捕獲されたそーです。
いったい、どこをどーやって、清水まで
来ちゃったんだろうかネ、このコは。
見に行きたかった・・・。
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[12/10 Meamo]
[09/15 スーパーコピーブランド激安通販専門店]
[09/04 p9nu9tw180]
[09/02 t5mn6rt387]
[09/01 b6ck4kz060]
最新記事
(12/07)
(08/06)
(07/28)
(07/09)
(07/09)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
ブログ内検索
最古記事
P R